
2009年3月
2ndアルバム「惑星」発売!

2007年10月
かえる目1stアルバム
「主観」
オンラインで買うなら
Lilmagへ
オンライン連載
クラシックかわらばん
交換されるオペラ オペラ絵はがきの時代
知のリソース「多人数インタラクションの分析」(坊農真弓、高梨克也編/オーム社)
ユリイカ臨時増刊『昆虫主義』青土社「行動の来歴、個体の来歴」(2009.8)
『滋賀のABC』エルマガジン社「絵はがき」の項。(2009.7)
アウトサイダーライブ(第8回全国障害者芸術・文化祭滋賀大会記念図録集)「ことばにし難い身体に出会うには」(2009年3月)
扉野良人編集・羽良多平吉書容設計『Donogo-o-Tonka』に「管の中へ」(2008年12月)
『東京人』書評
(2007-)
2009.8 「この世界の片隅に」こうの史代
ことば・空間・身体
(ひつじ書房)
絵はがきのなかの彦根
(サンライズ出版)
絵はがきの時代
(青土社)
浅草十二階
(青土社)

活動としての文と発話
(ひつじ書房)
その他

10-11月、かえるさんが活発化:
野本さんの企画で、山内桂さんのsalmosax。木造教会の音はとても柔らかく、山内さんの息遣い、とりわけ、ブレスから音になるかならぬか、というあたりが生々しく響く。人が呼吸をせき止めることで声を声らしくしているとすれば、山内さんの音は、その声をまた呼吸へと返してやるような、不思議な間合いを持つ。
だから、山内さんとお手合わせ願うのは、この呼吸の間合いに入っていくことでもある。即興演奏でよく聞かれるターンのはっきりとした演奏や、相手へのスペースをわかりやすく用意するやり方とは、違うやり方を考えてみる。たとえばなわとびの縄に入るような間合い、あるいはなわを止める間合い、縄を眺める間合いなど。
結局、ちょっと寝てからようやくトランスクリプトを作り出す。ELANでちょいちょい、といきたいところだったが、2分のデータおこしに3時間くらいかかる。
実習、ゼミ。明日のデータを用意。新しいPCでは家のHDレコーダからデータが取り込めないことが判明。あれこれ組み合わせを検討した結果、Toasterで、DVDからmovファイルを生成するのがいちばん早いと判る。ちょっと回り道だが、HDのデータをどんどんDVDに焼き、それをどんどんPC用のファイルにする。・・・と夜明け。
午後、京都でブーレーズの京都賞受賞記念ワークショップ。ブーレーズの姿を生で見るのは、2005年以来。
いっぽうでこんな編成の曲をコンサートホールで千人単位の人をわざわざ集める形式を見ると、居心地の悪さも感じる。数人から十数人しか集まらない、しかし聞き応えのあるライブがあちこちで行われているのに、なぜ、こんなに一極集中なんだろう。耳を澄ますということが、世界のかそけきできごとに注意を向けることであるのなら、もっと、あちこちに注意を向ける人がいてもいいのではないだろうか。
ブーレーズはこの曲で、ヴィルチュオーソ性と音響性を掛け合わせたのだという。つまり、ヴィルチュオーソ性と音響性は独立しうる、ということだ。ならば、クラシック教育で鍛え上げられた演奏以外に、もっと違う手つきで、できることがあるはずだし、そうした試みに耳を澄ます人がいてもいいはずだ。
ゼミ講義ゼミ。査読。
さらに。書類をあれこれ書いてるとあっという間に夜。
最近、ギターの手つきが頭打ちになり、どうにも前に進まないので、先週、寺川努さんに「どうやって練習してるんでしょ?」と尋ねてみた(なんとなく寺川さんに尋ねるのがいいような気がしたのである)。で、Scott Tennantという人の邦訳本を見せてもらいぱらぱらと見ると、これがいい感じだった。ぜひ手許におきたいと思ったものの、楽譜屋では見あたらない。どうやら邦訳本は絶版らしく、結局、amazonでそれらしい本を輸入。 ため込んだ仕事あれこれ。夜、朝日放送「ココイロ」。一ヶ月前にうけた取材の放送。けっこう映ってた。
快晴。日盛り、ワレモコウに似た小さな花に季節はずれのハチが来る。 workroomへ。居城純子さんとintextの個展。浮世絵の色版のような不在感。引き算としてのレイヤー。塚村さんと珈琲を飲みながら話しているうちに、突然、野ばらちゃんが絵の前に立っている光景が頭の中に浮かんだ。そうか、あれはBig Appleだったんだ。「花形文化通信」のころ。ぼくは1991年にBig Appleにいた。何を見に行ったんだっけ。
朝遅く起きて、シンポジウム用のアブストラクトを書く。英語を書くのは昔から苦手。いまだに冠詞の使い方がわからない。何より、英語の論理で書いているうちに、自分の主張の力点が変わってしまう。ある意味、飛躍の少ない文章になるのだが、飛躍の少ない文章にはアイディアの隙間が少ない。淡々と、しかし思わぬ場所に出るような英語が書けないものか。しかし、学術用の文章でヘミングウェイやチャンドラーをやるわけにもいかない。
二階の畳の間で軽くリハ。窓際に坐って見下ろすと、通りを行く人を目で追える。通りがかりの人かな、と思うと店に入ってくる。あ、来てくれた、と思う。そうこうするうちに畳の間は満員に。
コリアンダーがよく育った。パンにはさんで食ってから、京都へ。
思いつきで始まった中尾+細馬の「四コマ音楽」。中尾さんはパーカッションとクラリネットと朗読、細馬はピアニカと蓄音機担当。初演ということもあり、いささか工夫の足りないところもあったが、この「三日間のある時間をシミュレートする」というやり方には、いろいろ未来がありそうである。DJというのもいいなあ。
休日は京都で平日は彦根。忙しい。講義にゼミ。
かてて加えて、今年に入って編集委員になったせいか、毎月論文査読がいくつかある。
しかし、査読ではそうはいかない。査読とは、基本的に訂正の必要な箇所をできるだけ指摘する作業であり、過去の文献と照らし合わせながら、「どこが足りないか」を指摘する作業である。これはたいへん疲れる。まして、自分の専門分野から遠いものの場合(そういうのを頼まれることもある)、まずその分野を一通り勉強しなければならない。とくにぼくのように、あちこちの分野に横入りしているタイプの人間は、勉強不足を補うのにずいぶんと時間がかかる。
市バスでキンドル、JRでキンドル。確かに出先で読むには便利。片手で長い間読んでいても疲れない。
梅津さんのソウルフルなこぶしを聞いたあとに、こそこそとステージにあがりリハ。中尾さんが初めての曲をさらう。その場の思いつきで「昼の歌謡曲」のテーマも演奏することに。とくに客の入れ替えがあるわけでもないので、ほとんど公開リハ状態。そのまま、客電が落ちて、もう一度「昼の歌謡曲」を演奏して始める。10数曲やるつもりだったが、間のトークが長すぎて、かなり削る。にもかかわらず、なぜかお客さんの反応はすごくよい。いちおう、もう一曲やっていいかどうか担当の人にステージから聞いてみたが、答えは身振りで「バツ」。
彦根に戻って講義に実習に相談。
amazonからキンドルが届き、あれこれ試す。
朝、テアトル新宿のモーニングショーで「こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」。門付けで鍛えられた十代の、不安さとしたたかさが入り交じった表情に感じ入る。不安定の安定、とでもいうべきか。
荷物が多かったのでタクシーで東京駅へ。運転手さんがお城マニアで、石垣の積み方についてあれこれ教わる。
会場のyugueへ。結局、持っていった蓄音機を使うまでもなく、yugueにあったVestaxのプレーヤーにSP用の針が使えることが判明。
10/31 かえる科@toria gallery
11/1 中尾勘二SP鑑賞会
11/3 かえる目@瓜生山音楽祭
11/5 四コマ音楽(細馬宏通、中尾勘二)、繭ごもり@ZANPANO
11/6 かえる目@yugue
11/7 かえる目@Big Apple 20周年
11/15 salmosax+かえるさん@カフェ朴
salmosax@スミス記念堂
山内桂×かえるさん@カフェ朴
山内さん、ぼく、山内さんとぼく、そして山内さん、という構成で。
人前でギターを弾くときはいつもじゃらじゃらかぽつぽつなのだが、一曲、サティのジムノペティを、おおよそ譜面通りに弾く。ギターの音がよくわかる。そのあと、山内さんがソロでグノシェンヌを。サックスで吹くと、クルト・ワイルの小唄のような、ちょっと剽軽な味が出る。
近くの店で打ち上げ。河端一さんも加わり、にぎやかな夕べ。
会話分析研究会
梅田で会話分析研究会。持参した回想法のデータをみんなで見る。最初はおぼつかない口調の高齢者Bさんの話がたどりにくいかに思われたが、次第にその口調や仕草が判明していくにつれ、Bさんに肩入れする人が続出し、終盤では、Bさんのひとことひとことに「すごい!」と感嘆の声があがるまでに。これだからデータセッションはおもしろいなあ。
昨日来の疲れを癒すべく打ち上げてから家に。大阪から彦根のあいだにみるみる酒が醒める。車中、Kindle読書。Attentionは読み終わり、このところはチャンドラーの中編。能登川で接続の悪い各駅停車を待っていたら同僚の木村さんに会う。やはり大阪方面で研究会とのこと。キンドルを見せびらかしてしまう。
ブーレーズ@京都コンサートホール
自作のシュル・アンシーズの公開リハーサル。リハーサルというよりは、生演奏を用いた楽曲解説という趣きで、特徴的な箇所を楽器を拾い上げながら演奏させて、曲の持つ音響構造を明らかにするという内容だった。プログラムに変更があり、氏自身は指揮を振らずに解説に徹していたけれど、曲を聴きながら手を振ったり止めたり、という所作は彼らしいもの。(もともとブーレーズは指揮棒を使わないので)
ピアノ三台、ハープ三台、パーカッション三台に、わざわざ身の丈ほどのスチールパンまであつらえるという贅沢な編成。スチールパンの音はとても深かったし、難曲を大袈裟でなく適確に演奏する奏者たちにも感じるところがあった。
耳をすますことと、注意を向けることと
たとえば、ここに来る人の1/10でも、アキビンオーケストラを聞きにいってみたらいいんじゃないか。
Pumping Nyron
というわけで手に入れたのScott Tennant 「Pumping Nylon」は、たいへん役に立つ。とくにぼくのような、基礎を通過せずになんとなくコード弾きで過ごしてきた人間には目ウロコな練習曲のあれこれ。いちばん感心したのは、左手の指四本でフレットに軽く触れて、弦に触れたまま指一本ずつ押さえていく、というもの。簡単なようで、動作のいらない指がぴくぴく動くのがわかる。右手の指でただ開放弦を弾くというエチュードも、意外に難しい。漫然とやってると、すぐ隣の弦に指があたって音がミュートされてしまう。ギターの構え方、爪の形の整え方も懇切丁寧に解説されている。ともあれ、無駄な指の動きを気づかせるちょっとしたアイディア満載で、文意を丁寧に拾いさえすれば、あたかもアレクサンダー・テクニークの講習を受けているような感触。ほんの半時間ほどで、これまで得たことのない指の動きを感じることができた。
軽音楽とジャンボリー@旧グッゲンハイム邸
庭でpopoの演奏が始まる。日傘をさす人、おもちゃの剣を持った子供。飛行機。
邸宅の入口で、モモちゃんがジンをずらりと並べている。中でアリくんたちがビールとカレー。外では柿のなる木陰で純ちゃんがレモネードを作っている。ういきょうとニッキとミント。丸いテーブルでキタさんがサンドイッチをふるまい始める。築山で中尾さんが写真を撮っている。
この景色、ぜったいに倉地さんの絵で見たことがある。
江崎さんや宇波くんやアリくんたちが培ってきた音楽の作り出した、風通しのよい庭。こんな日に立ち会えるなんて。そして、ここに居ない人とこんな時間を過ごすには、どうすればいいかしら。
純ちゃんがレモネードをかきまぜながらしみじみと「今日はいい日だねえ」。
三田村管打団?のほがらかな音を聞きながら坂を下る夕暮れどき。ぶんかちゃんのことを思い出した。
塩瀬から彦根へ。神戸でちょっと降りて、弁当を買う。うつうつと蒲団に潜り込んでいる相方に。
そのBig Appleの20周年記念ライブ。ひょうたん研究所、play potのあとに、かえる目。4,50分、と言われていたが結局1時間以上もやってしまった。「女刑事夢捜査」には古池くんも加わる。曲間にジョン・ケージの話をしながらふと思い出したが、花形文化通信に初めて書いた原稿は、ジョン・ケージのことだった。あれは何年だっけ。
トリは倉地久美夫。倉地さんの演奏は圧倒的。「さかさまの新幹線」の朗読の、つなぎ目のない語り。
近くの中華屋で打ち上げ。
倉地さんの歌を聴いたあとでは、目に入る惹き文句がことごとく倉地さんの歌詞に出てくるように見える。
ガスが通ったので久しぶりに珈琲でも、と豆を手にしたら窓の外で声がする。宇波くんとモモちゃんがいた。そのまま三人分淹れてお茶の時間。
おみやげのスコーンを頬張りつつ、新曲の譜面を書く。映画を運ぶ人の歌。
影絵のような夕暮れを見ながらyugueに。
かえる目@yugue
下鴨本通りのざわめきを背中に感じつつ、23曲。ここ最近のライブでは、以前は手ぶらで歌っていた「とんかつ岬」や「花牛図」「マンガ都市」でもギターを弾くことにした。すると、宇波君のリードが映えることがわかる。もっとギターを練習せねばな。紗代ちゃんに二曲歌ってもらう。
そのまま畳の間で打ち上げ。おいしい食事。下から入れ替わり人が上がってくる。親密な空間。
まずは一年ほど止まっていたアパートのガスを開栓してもらう。ストーブもつけて冬支度完成。
次に本日の準備。コンビニに行き、新聞を三紙ほど買う。できるだけ押しの弱い、しかし、何かがおかしい記事を三つほど選ぶと、どれも京都新聞の地方面だった。カッターで切り抜き拡大コピーする。これでニュースができた。
さて次は即興演奏用の譜面。先日中尾さんに聞いた、小学生のときに作ったという四コマのストーリーを、演奏用のスクリプトにする。
さらにLPレコードをひっくり返して、60年代の軽音楽からBGMを選ぶ。
これらを組み合わせて、
・ニュースの時間(中尾さんによるニュース朗読)
・CM
・四コマ音楽(即興)
・天気予報
という、夕方6:30から7:00あたりを仮想した時間を三つ作って譜面にする。ニュースと天気予報は必ず同じBGMを使い、CMはまったく同じものにする。四コマ音楽では必ずテーマとエンディングを演奏する。以上の構成は、この前のyugueで聞いた中尾ワールドに着想を得たもの。
午後、繭ごもり、中尾さん、寺川さん、猫二匹と合流してリハ。寺川さんの巻き寿司うまし。
四コマ音楽(中尾+細馬)・繭ごもり@ZANPANO
繭ごもりはレパートリーも増えて、これから楽しみ。さりげなく佐藤さんのギターが繊細。最後は、「鳥かごを開けて」「ぴかぴか星人」を一緒に。
打ち上げで、珍しく中尾さんが暴走、二人でわけのわからない動きをしながらあちこちの人を捕まえてはからむ。宇波くんと池田くんも途中からやってきて、いたたまれなそうに膝を揃えて坐っていたが、もう止まらない汽車なのである。恐縮する池田くんに、ぼくは容赦なくステレオ話をふっかけ、中尾さんはカメラの機種を尋問の如く聞き出し、およそホスピタリティとは無縁の応対。そのあと、なぜかギターを弾きながらウエッコとモノマネで張り合ううちに、岡村靖幸をオクノさんの声で歌うという訳のわからない世界に入る。結局朝五時まで飲んだくれる。
書評と査読
査読は時間がかかる。書評よりずっと難しい。
書評をどう書くかは人によって違うだろうが、ぼくは基本的に人に本を薦めることだと思っている。ある本をこきおろしたとすると、その本は読まれにくくなる。読まれにくくなると、読んだ人からの反論が出にくくなる。「おまえはああ書いてたが、それほどおもしろくなかったではないか」という意見に出会う確率のほうが、「おまえはああ書いてたが、けっこうおもしろかったではないか」という意見に出会う確率よりも高い。そして反論可能性の高い文章のほうが、おもしろい。
というわけで、書評では、自分の得るところがあった点を拾い上げる。
以前はため込むのがいやで、頼まれたら2週間くらいで出していたが、それでもいま三つ貯まっている。こう重なってくると、そうすぐには進まない。
まあ、誰かが査読しなければ、学会誌は成り立たないのだ。勉強をする機会だと思って、依頼されたものはできるだけ引き受けることには、している。
それにしても、自分の論文や著書に早く手をつけたい。昨年のいまごろはもう三本くらい書いてたが、今年はまだ一本も書いてない。
キンドルその後
しかし、やはりモニタの牢獄の読書だなという感じがする。とくに、図と文章が違うページに載っているときが面倒だ。本なら、ひらひらとページをめくるだけでいいのだが、キンドルだと、prev, nextでいちいちカツカツ行き来せねばならない。
学術書のように、行きつ戻りつする読書にもちょっと不便。「ええと、あそこの前頭葉の話はなんだっけ・・・」というようなときに、本だとぱらぱらと行けるのだが、キンドルではそうはいかない。もちろん、ページ数を指定してジャンプすることはできるのだが、そもそも戻りたいページ数がわからない。目次にいったん戻って、このあたりだと目測をつけて、ようやく戻ったら、またさっきのところまで・・・というようなことをボタンをカツカツ押しながらやるのはじつに面倒くさい。
ブックマークやメモも取れるので、とりあえずはあちこちハイライトしているのだが、これが今からどれくらい役に立つかは未知数。
などといいながら、Attentionは2/3ほど読んだ。まあ、わりとさくさく読めているほうではある。
かえる目@瓜生山音楽祭(京都造形大)
そのあと、メンバー一同アナベラ・リーで飲みながらなごみ、さらにハセケンも加わり、アパートで焼酎を飲みつつレコード鑑賞などしてなごむ。
さらにそのあと、ちょっとZANPANOを覗いて帰る。
kindleの第一印象
まずはサンプルをどんどんダウンロード。各サンプルはけっこう長く、学術書ならイントロは全部読める。この時点でハズレのものを選別できるので便利。
kindleでの注文はPCからが吉。Kindle上だと操作にやたら時間がかかるし、リストに出版年や値段がでない。PCでサンプルや本を頼むと自動的にキンドルに転送される。
図の多い本はちょっと苦しいなと感じる。何度も見返すのが書物に比べて面倒だし、細かい図は読みづらい。たとえば、USMLE Road Map: Neuroscienceの図はちょっと読む気にならん。ウィンザー・マッケイの「チーズトーストの悪夢」のサンプルなど、笑っちゃうほど読めん!
風呂で読めるといいなー、と思ったら、ジップロック大、というすばらしいアイディアを、寺田克也さんに教えてもらう。
A. WardのAttentionを買う。さて、キンドルで読み切れるだろうか。
神田に出て富士レコードでSP用の針を買う。
タクシーの会話
昨日は蓄音機を持ってタクシーに乗ろうとしたら「危険物ちゃうやろうな!」とすごまれて、ちょっとびっくりしたけど、よく聞くと広沢虎造の好きな人で、次郎長三国志の話で盛り上がった。
運転免許を持ってないのでタクシーを使うことが多い。たいてい天気の話から始まるのに、10分ほどたつと思わぬ会話になる。伊吹山に山小屋を建てた話を聞いたこともあったし、京都の銭湯は何で焚いてるか、という話になったこともあった。会話の行き先というのは不思議なものだ。
中尾さん祭りのあと@下鴨yugue
というわけで、前半はSP盤鑑賞会。今回は語りもの多し。母子家庭の寸劇で何度も繰り返される「こうもりの骨工場」というフレーズが耳について離れない。
後半は、中尾さんの小・中学生妄想をたどるMDの数々。聞くうちに、5日にやるライブのアイディアがむくむくわいてくる。この、妄想放送部でいくか。二階の畳の間で、客が全員知り合い状態、ということもあり、際限なく続き、5時から始めて終わったのが11時ごろ。
まほろばのパーティーにちょっと顔を出す。中尾さん、宇波君とかえる目の曲を三曲ほどやって帰る。今日も長い一日だった。