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What's old?

What's old? 1998.01 - 1998.08
What's old? 97.5 - 97.12
What's old? 96.7 - 97.5


音盤

惑星
2009年3月
2ndアルバム「惑星」発売!

主観
2007年10月
かえる目1stアルバム
「主観」
オンラインで買うなら
Lilmag

書いた

オンライン連載
クラシックかわらばん
交換されるオペラ オペラ絵はがきの時代

ユリイカ臨時増刊『昆虫主義』青土社「行動の来歴、個体の来歴」(2009.8)

『滋賀のABC』エルマガジン社「絵はがき」の項。(2009.7)

アウトサイダーライブ(第8回全国障害者芸術・文化祭滋賀大会記念図録集)「ことばにし難い身体に出会うには」(2009年3月)

扉野良人編集・羽良多平吉書容設計『Donogo-o-Tonka』に「管の中へ」(2008年12月)

『東京人』書評
(2007-)

2009.8 「この世界の片隅に」こうの史代

Books

多人数
「多人数インタラクションの分析」(坊農真弓、高梨克也編/オーム社)
ことば・空間・身体
ことば・空間・身体
(ひつじ書房)

絵はがきのなかの彦根
絵はがきのなかの彦根
(サンライズ出版)

絵はがきの時代
絵はがきの時代
(青土社)

浅草十二階
浅草十二階
(青土社)

活動としての文
活動としての文と発話
(ひつじ書房)

その他

bccks




音盤

惑星
2009年3月
2ndアルバム「惑星」発売!

主観
2007年10月
かえる目1stアルバム
「主観」
オンラインで買うなら
Lilmag

書いた

オンライン連載
クラシックかわらばん
交換されるオペラ オペラ絵はがきの時代

知のリソース「多人数インタラクションの分析」(坊農真弓、高梨克也編/オーム社)

ユリイカ臨時増刊『昆虫主義』青土社「行動の来歴、個体の来歴」(2009.8)

『滋賀のABC』エルマガジン社「絵はがき」の項。(2009.7)

アウトサイダーライブ(第8回全国障害者芸術・文化祭滋賀大会記念図録集)「ことばにし難い身体に出会うには」(2009年3月)

扉野良人編集・羽良多平吉書容設計『Donogo-o-Tonka』に「管の中へ」(2008年12月)

『東京人』書評
(2007-)

2009.8 「この世界の片隅に」こうの史代

Books

ことば・空間・身体
ことば・空間・身体
(ひつじ書房)

絵はがきのなかの彦根
絵はがきのなかの彦根
(サンライズ出版)

絵はがきの時代
絵はがきの時代
(青土社)

浅草十二階
浅草十二階
(青土社)

活動としての文
活動としての文と発話
(ひつじ書房)

その他

bccks




The Beach : October 2009

細馬 宏通
mailad.gif

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20091031

 ライブ週間のはじまり。
 朝、京都から彦根へ。ギターを持って新幹線に。宇波君がミックス中のcore of bellsの曲にゲストボーカルで入ることになった。「へそにピアス」という朦朧とした曲。東京に着いたらすぐ録音なので、新幹線の中で周囲に聞こえないていどに練習。さらにかえる目の新曲の譜面を書く。
 ヒバリスタジオで録音。2テイクでオーケー。

 西荻窪のToria Galleryへ。椋本サトコさんの個展会場で「かえる科」ライブ。
 人の気配のする公園の絵に囲まれて、公園の一員のような気分。椋本さんの絵はいいなあ。いつかジャケットを描いていただきたい。
 会場は満員。猫が二匹出て行く絵(会場には飾ってなかった)を見て作った「転出」ほか23曲を演奏する。休憩をはさんで二時間ほど。
 おいしいオードブルで打ち上げ。そのあと、中華料理屋でやきそば(これまた旨かった)。



20091030

 演習、四回生ゼミ。ICCAのアブストラクト。夜、京都へ。蓄音機を運ぶ。服部君と泉君をアパートにお迎え。ZANPANOで佐藤さんと来週のライブの打ち合わせ。それから三時まで飲む。



20091029

 上田くん、御子柴さんと四番町で待ち合わせ。彦根映画劇場(通称「彦劇(げんげき)」)を経営されていた谷中さん・大橋さんにお話をうかがいにいく。昭和二十年代から三十年代、映画最盛期の地方興行の空気が立ち上がってくる。フィルムがいかに映画館から映画館に運ばれたか。原付自転車で、二本立ての合間にフィルムを彦根から長浜まで運ぶ「カケモチ」の話。8巻ものを回し終わったものから三巻ずつ運んだのだそうだ。「ブリキ缶がこんな」と、腰からあごまで両手で幅を取る所作。じっさいに映画を運んだ人ならではの動き。紀伊田辺で夜に上映が終わったフィルムを、紀勢線、城東腺、東海道線と乗り継いで、彦根まで朝運んだこともあったそうだ。一日も開けずにフィルムを運ぶこのやり方は「ケヌキ」。かつて彦根には近江絹糸や鐘紡があって、夜勤の女工さんが映画を楽しめるのは朝だけだった。「君の名は」をやったときは、近江絹糸からの頼みで、朝6:00からの早朝興行もあったそうだ。近江絹糸はお得意さんで、割引券を会社で買い上げてもらっていたという。
 テケツ(チケット)のあがりは、映画館と映画会社とで分ける。普段は、その集計は映画館にまかされている。しかし、「花の生涯」をやったときは、収益がちょろまかされないように映画会社の人がテケツ係の横に坐って、その場でアガリを分けていたという。

 夕方、近くの散髪屋さんで髪を刈ってもらいながら映画の話をしたら、懐かしそうに「そういえば昔はしゃばしゃばの糊で、よう電信柱にポスター貼ってはりましたわ」と、指で厚みを示す。ポスターを上からどんどん重ねて貼るので、電信柱のポスターはやがてごわごわの分厚い束になる。そういえば、ぼくも昔そんな景色を見たことがある。かつては彦根にたくさん銭湯があって、そこにも必ずポスターが貼られていた。
 「女工さんは三人で来ますからな」。寮の相部屋の人は、わたしもわたしもと、みんな同じ買い物をするのだという。「一人にあんじょうようしたら三人に売れるちゅうことですわ」。



20091028

 ゼミ、会議、講義、ゼミ。科研のあれこれ。忙しい一日。



20091027

沼 432: 「転出」(かえるさん 詞/曲)

kaerumidori.gif
  この放送をダウンロードする


20091026

 講義に実習。ちょっと早いが来週の講義の準備。神経科学の教科書を読むのは頭の整理になる。切れ切れの知識の統合。


20091025

 上田宣子先生の告別式。

 三年前に上田先生にお会いしたことがきっかけで、介護施設の研究を始めるようになった。そのことでぼくのジェスチャー研究に対する考え方は大きく変わった。毎週のようにグループホームに通うことができるようになったのも、上田先生のおかげだ。

 夕方、シティホールに向かいながら、今年の初夏に、メロンの漬け物が手に入ったから、と、仕事の帰りにわざわざ大学に立ち寄って下さったときのことを思い出した。夕暮れどき、大学のロータリーに停めた車のそばで、上田先生は人なつこいまなざしで、それが誰からもらったのか、いつ手に入るものか、いかなる味なのかをあれこれと語って下さって、その語りをきくだけで、なんだかとてもおいしいものを食べた気になったのだった。

 夜、ふと見たくなって『秋日和』。七回忌で始まり、結婚で終わる。冠婚葬祭と湯治。同じ衣装で並ぶ儀式。


20091024

 朝、学生たちより一足早く宿舎を出る。
 国民宿舎から近江八幡に行く途上で、気球をいくつも見る。このあたりは大中湖のあった跡で、安土山まで視界が大きく開けている。その上を、あちら、またあちらと、気球が見つかる。何かの宣伝なのだろうか。宣伝だとして、こんなに気球を上げるものなのか。怪人二十面相でも暗躍しているのか。

 京都で竹田くんと高橋さんの結婚式。二人ともぼくのゼミ出身で、らちかさん、荻山さん、佐々木くん、大岡くん夫妻、尾田さん、と当時研究室によく顔を出していた連中が集まる。親しい人々の前で二人が誓いのことばを声にする。よい結婚式だった。
 大学という場所にとどまって次々と学生を送り出していると、長い時間の流れがわからなくなることがある。が、学生は卒業したあとも成熟しており、ぼくはその成熟のお裾分けをもらって時を知る。
 夕方、二次会にギターを抱えていく。

 帰って荷物を置くと、吉村さんから上田先生の訃報。



20091023

「スイカを鯉が食べる」ことがなぜ驚きか

 合宿一日目。午前中は、昨日の写真を見ながら、何について語るべきかについて考える。
 最初の頃は、正しいことを語るのに一生懸命で、誰に語るのか、なぜそこで語るのか、ということを意識しない学生が多い。「これを誰かにしゃべりたい」という感情に押されて語りははじまる。語りには必ず、その人が感じた感情の動きがあって、その感情の動きをもたらした体験を語ることで、感情の動きはシミュレートされる。
 たとえば、食べ残したスイカをかばたの鯉が食べてしまう、と昨日ボランティアガイドの福田さんが語った。その話を、「スイカの食べ残しも鯉が食べてしまいます」とひとこと報告しただけでは、その話のどこに報告者が驚きを感じたのかがわからない。
 たとえば、報告者のスイカ体験と比較することで、驚きを喚びさましてみよう。
 スイカをスーパーで買い、冷蔵庫で冷やし、切ったスイカを食べ、食べ残しを燃やせるゴミに捨てる。そうした報告者自身の体験と、かばたでの生活とは、どんな風に違うか。
 スイカが上から紐でつるされてかばたの水で冷やされる。その水温は夏でも13度くらいである。かばたとは台所であり、そこにはまな板も包丁もあって、そこで(楽しいことがあっても悲しいことがあってもかばたで泣いた、という、そのかばたで)すいかが切られる。食べ終わったスイカの皮の部分を小さく切って鯉にやる。鯉にやるから小さく(手をつっこんだだけで鯉が指を吸いに来る、その鯉にとっての適切な大きさに)切る。小さく切ってやればスイカの緑の皮の部分まで鯉が食べてしまう。
 これらすべてのことが、屋根のある小さなかばたの中で起こる。
 そこには冷蔵庫もゴミ箱も現れない。そこで生きている人が一続きの作業を行っている。そのことに対する驚きは、報告する語りの口調に表れる。

 午後から近江八幡に移動して各班の発表。わが班も全員話す。午前中のミーティングのときよりずっとよくなっていた。他の班も時間をかけてフィールドワークをしていて、聞いているぼくも知らないことが多かった。
 途中の休憩時間に夕日。

 「滋賀の五大食文化」を調べている班があった。しかし、じつはふなずし未体験の者がいるらしい。ならば、ふなずし体験は必須である。夜、お菓子のあふれる大部屋で語らいに興じる学生のど真ん中にふなずしを持っていく。部屋にもうもうとふなずし臭。「いやあ〜!」と拒絶する学生多数だったが、ふなずしをリッツに乗せる「ふなずしクラッカー」は一部に好評。沢口靖子さんにおすすめしたい。

殺人ゲーム

 留学生の車くんから中国で流行っているという「殺人ゲーム」というのを教わってみんなとやっていたのだが、これがなかなかおもしろい。
 7,8人くらいでやるゲームで、参加者は殺人者、警察、平民、進行役のいずれかの役割となる。まず、「夜」の場面。殺人者だけが目を開けて、身振りで殺す相手を一人決める。次に警察だけが目を開けて、身振りで殺人者と思う人を一人指定する。進行役は、指定された人が殺人者かどうかを身振りで答える。次に「昼」の場面。全員が目を開けて、殺された人が進行役によって公開される。殺された人は最期のことばを全員に残してゲームから抜ける。このあと、一人一人が、誰を殺人者だと思うかについて推理を述べる(もちろん嘘を言っても構わない)。殺人者扱いされた者は自己弁護する。最期に、多数決によって、殺人者と判定された者が検挙されてゲームから抜ける。以上の「夜」と「昼」を繰り返して、最期まで残った殺人者、もしくは警察が勝つ。「昼」の場面で行われる推理と弁明が、他の人に対するパフォーマンスにもなる。ドラマ性もあって奥が深い。実習で使ってみたらおもしろいかもしれない。



20091022

針江へ

 一回生と高島の針江の里へ。ボランティアガイドの福田さんに案内していただき、かばたを一時間半見て回る。ぼくが来るのは二回目だが、前回よりゆっくり見て回れたこともあって、あちこち見逃していたことに気づく。
 手で受けても受けてもあふれ出る湧き水の豊かさ。伏流と湧水のイメージは、この先どこかで結実するだろう。
 途中、おさかなの旭で、あゆの醤油煮とふなずし。かばたに沈められた豆腐。川島酒蔵で松の花。
 「ここに住みたい」と谷本さん。
 たっぷり歩き回った。湖西線から琵琶湖線に乗り換えて彦根へ。とんでもない夕暮れ。

 買ってきた豆腐で湯豆腐。あぶった厚揚げと、あゆの醤油煮でご飯。汲んできた水でお茶。どれも針江では、すぐに手に入れることができるもの。口の中で木綿豆腐を崩すと、ねっとりとした大豆の味。まろやかな緑茶。彦根に持って帰ると、この上ないぜいたく。


20091021

誰かと見ること

 ゼミ、講義、ゼミ。
 今年の人間行動論は、映像史。
 動く映像ができたとたんに映画がはじまったのではない。動く映像だけが問題なら、シネマトスコープがあればそれでよかった。シネマトグラフが可能にしたのは、動く映像を「誰かと見る」ということだった。
 という話をしてから、昨日、流星を誰かと見た人、と尋ねる。ちらほらと手が挙がる。それで、天体の現象や天候の現象を誰かとみた体験について書いてもらう。とてもおもしろい結果だった。その人が、誰かと見ることをどんな風に記述するかを見ると、その人の体験の感度がよくわかる。
 流星を見に出たらお父さんが一人で見ていたので並んでみた人。同窓会の日、みんなで日の出を見た人。



20091020

 視聴覚室の予算について頭をひねる。Windows95で動いているタッチパネル式のセレクタにカセットとHi-8とベータとVHSがつながっている。三管式の大きなプロジェクタは400ルーメン程度。なにもかも古いのである。こういうことは、四の五のいうより目で見たほうがわかりやすいと思い、写真をばしばし撮って、予算要求文書に貼りつける。

 学生が育てた野菜を食堂前で売っている。七夕の笹ほどもある枝豆を買ってくる。



20091019

 JR人身事故のため午前中は休講。今週末は泊まりがけの実習で、その準備をするはずだったのでいささか困る。とりあえず自習用の課題をあれこれプリントにするともう昼。
 京都へ。コミュニケーションの自然誌研究会。自然人類院生の浅井さんの発表。



20091018

スミス記念堂のカメラ・オブスキュラ

 今回は特別企画で、彦根のゆるキャラ「ひこにゃん」が登場。
 事前に短い打ち合わせ。たとえ打ち合わせとはいえ、ひこにゃんは、人ではなくひこにゃんなので、声を発することはできない。「ここに立っていただきますか?」と尋ねると、無言でうなずいて移動する。
 どういうポーズで待っていてもらうかしばし考える。「もしかして、正座できますか?」(オフィシャルひこにゃんはキメのポーズが3つあり、そのひとつが正座なのである)と尋ねると、ちょんと板の間に正座する。そのしぐさがあまりに愛らしく、御子柴さんと思わず「ぎゃー!」と叫んでしまう。自分では「かわいい」という感覚とは縁遠いと思っていたが、カミサマ、これが、かわいい、なのですか。
 幸い、天気は晴れ。あちこちに白雲があるおかげで、かえって空が映えて、絶好のカメラ・オブスキュラ日和。ひこにゃんの白いボディに彦根城がくっきり映り、思惑以上の結果だった。
 渋谷さんに吹きつけ液を借りて、丸いガラス製の電球カバーを曇らせて針穴にかざす。こちらもクリアな360度映像となった。毎回、細々とバージョンアップするうちに、30分の出し物としては充実の内容になってきた。

 午後の最終回に、小学二年生という男の子たちが来る。「ではこちらに坐って下さい」と言うと、いきなり「いや!」。「なんでこんな暗いところにおらなあかんの!」と叫んで走り回る。
 ところが、1分ほどくらいして、突如、壁に何かが写っているのに気づいたらしく、「わ!」と壁を撫でて、そこに映っている車を指でつかもうとしはじめた。さらには壁沿いに映像の車を追いかける。それからは、城が見えた家が見えたとすごい興奮ぶりで、最後には、あとから入ってきたお客さんに「あんなあ、これすごいねんで!」と説明を買って出ていた。ここまでストレートな反応をしたお客さんははじめて。

 自転車で帰る。夕焼けが美しい。いのーちかけてと、ちかーったひから。すらすらと唄えるメロディ。  



20091017

人はいかにして親になるか

 会話分析研究会。戸江君の持って来た練習問題は、いずれも子育てサークルでの、スタッフと親御さんとの会話。スタッフが赤ちゃんのことについて何かを言うと、親御さんがそれに対してバージョンアップしたあいづちを打ったり、エピソードを開始する。たとえば、ペットボトルのお茶を飲んでる子どもを見てスタッフが「いっちょまえの飲み方やなあ」というと、親御さんが、「ま、お茶やからいいんですけど・・・」と別のエピソードを開始する、というふうに。
 逆に親御さんが先に「ごきげんやなー」などとコメントするときは、他のスタッフは「ごきげんやねえ」と親御さんのコメントを繰り返す。たぶん、親でない人が親に向かってバージョンアップすると、「なにさま?」ということになるのである。

 この現象を、会話の中で親が構成される現象、つまり、会話によって親が親になる現象と捉えてみるのはどうか。つまり、誰かの子どもに対するコメントに対して、バージョンアップしたコメントを返すことで、人は親になるのだ。
 そう考えると、バージョンアップの次に来る相手の反応も重要だ、ということになる。たとえば、親御さんのバージョンアップコメントに、周囲の人が「ほう・・・」と感心することによって、親御さんは親御さんとして社会的に承認されるのだとい、という具合に。
 この考え方は、たとえば介護職員と見学者との関係、あるいは、教師と学生との関係、プロフェッショナルとアマチュアといった関係にも応用できるだろう。相手のことばをバージョン・アップすることは、単なる知識の披瀝ではない。相手のコメントをバージョン・アップすることによって、その人は介護職員になり、教師になり、プロフェッショナルになる。そのバージョンアップに「へえ」と感心する人がいて、はじめてその人の介護職員性、教師性、プロフェッショナル性は社会的に承認される。バージョンアップによって、その知識に対する社会的位置が構成される。

 池田さんのデータは嫁姑問題を扱ったもの。最初の「こんにちは/あ、こんにちは」というやりとりだけでディスカッションが二時間ほど。いつもながら濃い分析セッションとなった。

 電車のなかで加藤和彦氏の訃報を知る。

クラマ、イワクラ、天狗

 京都へ。ZANPANOで、popo、石橋英子・Gianniのデュオ。popoの曲は、聞くたびにフレージングやスピードが違って、シンプルな構成なのにおもしろい。石橋・Gianniデュオは、二人のひきだしの多さを感じさせるものだったが、自在過ぎて、ぴんと来なかった。ベースが入ったトリオはおもしろいそうで、そちらを聞けばまた違った感想がわくかもしれない。
 終演後、例によって飲んでいると、喜多村純ちゃんが、持って来てた西脇順三郎詩集を読みながら「これ、唄える?」。というわけでギターで適当にバックをつけて唄う。詩の中のカタカナはクラマ、イワクラ。くらくらとクラの音で意味をジャンプする天狗論理。カタカナは漢字の意味論理を飛び越えて音の論理を顕わにする。あとから勝野さんが来てさらにギター朗読は続く。どうもザンパノに来ると歌ってしまう。


20091016

 実習にゼミ。
 夜、京都へチラシをまきにいく。shin-bi, 京都芸術センター, urbanguild, ちょい移動してmetro。偶然、瓜生山音楽祭の主催者の方にも会う。さらに自転車を飛ばす。ZANPANOは閉まってたけど明日いくからまあいいか。もちろんライブ会場のyugueにも。吉田屋に行ったらライブ後の山本精一さんと船井美佳さんがいてちょっと(といいつつ二時間ほど)お話。最後はまほろばへ。帰り道、キンモクセイとギンナンが入れ替わり匂ってくる。



20091015

 昼ご飯をはさんでグループホーム調査。

 郷土史家の久保田さんから資料目録をいただきがてら、あれこれと話。佐和山城址の地図を見る。現在の彦根城に比べるといかにも山らしい山に立っている。三成に過ぎたるものが二つあり、島の佐近に佐和山の城。いつか山登りがてら城址を巡ってみたい。

 折しも、山田風太郎「風来忍法帖」を読んでいるところ。忍城を三成が水攻めしたエピソードを下敷きに、麻也姫と七人の香具師、七人の女忍者が活躍する話。じつは、中程まで読み進めて、文庫本のページが折ってあるのに気づいた。なんだろうと思ったら、ちょうど立体映画の喩えが出てくるページだった。こんなところでページを折るのは自分しかいない。が、筋運びにとんと記憶がない。奥付けを見ると、平成3年初版。「ステレオ」を書いたころに読んだのだろうか。まるで既視感がないので、初めて読んだようにおもしろい。



20091014

 春に植えたハーブは収穫のとき。パセリもローズマリーもタイムもよく育った(これでセージがあればスカボロフェアである)。秋植えのコリアンダーもみっしりと生え、毎朝摘んできてはパンにはさんで食べている。
 軒下に植えたものを摘みにいくたびに、蜘蛛の巣にひっかかる。ここ二週間ほど、ずっとそうだ。同じ個体なのだろうか。



20091013

まごはやさしい

 会議会議。
 最近は、ご飯のメニューを組むにあたって「まごはやさしい」に気を配るのだとか。
 ま:豆
 ご:ごま
 わ:わかめ(海藻)
 や:野菜
 さ:魚
 し:しいたけ(きのこ)
 い:芋
 なんだそうな。
 パリヤで買い物するたびに「まごはやさしい」と頭の中で唱えるようになってしまった。
 もっとも、味噌汁のだしをかつおぶしでとって、じゃがいもかサツマイモと青菜としいたけとわかめを入れてゴマをふれば、全部クリアである。



20091012

 講義に実習。
 一回生の実習、聞き取り組のとってきた1時間半の聞き取りデータを残りの人でおこそうとして、へこたれたらしい。それはそうだろう。1時間半というのは膨大なデータだ。
 量の問題だけではない。直に聞いた人は所作を目の当たりにし、相手の話す空間にいる。そこから隔てられて、録音物だけ聞いても、なかなかわからない。
 というわけで、まずは、行った人の解説をまじえながら、最初の5分をみんなで聞いて、簡単な書き起こしを一緒にやる。ほとんどの人は、いわゆるレポート調で、話のあらすじをまとめようとする。データおこしでは、その人の言い回し、とくにその人の体験に根ざした言い回しに注意して、その表現をできるだけ正確に拾い上げること。たとえば「いまは水場の水位が低い」と書くだけでなく「むかしは鯉がすいすい泳いでたのに、いまは背びれ見えてアップアップやろ」という表現をつかまえること。



20091011

柳生忍法帖

 上巻、ひたすら悪鬼七本槍衆と明成にひたすら天誅を加えていく運びに、どこか物足りないものを感じていたが、会津行きに加わった雲水の働きから、ただならぬ展開となり、一気に引き込まれる。女体地獄もさることながら下巻の白眉は雲水たちの活躍。
 査読。査読仕事は時間がかかる。著者の論文にかけた時間が思い浮かんでしまうがゆえに。他分野の場合、査読論文の周辺論文を読む時間のほうが長かったりする。



20091010

魔界転生

 時代に翻弄され死した者の恨みが魔となる。そのような物語では、翻弄する時代の転換点が鍵となる。明治探偵ものでは明治維新であり、忍法小説においては、江戸幕府制定であり、島原の乱であり、そこでは、報われなかった魂の一団が別の魂の一団と鏡のごとく対決する。
 山田風太郎の小説では、数が設定され、数が減っていく。柳生十人衆、魔界転生をさせんとする森宗意軒の十本指、同行十六人、根来の三十一人、「数が限られる!」とは萩尾望都『11人いる!』の登場人物が恐怖する強迫観念だが、まさにこの「数がかぎられる!」ことの酷薄さ、限られていく数に殉ずるしかないことの酷薄さこそ、山田風太郎小説を読み進めるときの醍醐味、いや、醍醐味というよりは乾き。そして柳生十兵衛のごとく限られていく数の見届け人となった読者は、ふらふらと身も世もない荒野に放たれ、しかし不思議と、数に殉ずるその心がけには染まって、そうだだからこそこれからの晩餐は何日であろうと味わい尽くそうと、及ばぬ心構えをしたつもりにもなる。実際には、その物語の筋運びさえ、やがては忘れられ、再び読み直すそのときも、はたしてこのような物語を自分はかつて読んだことがあったのだったかどうかといぶかしく思えるほどおぼろになるのだが、しかし乾きの感覚だけは生々しく思い出される。
 「魔界転生」、原題は「おぼろ忍法帖」。このような忍法小説が山田風太郎の手から噴出したのが、戦争という時代の転換点をはさんだ昭和三十年代だったことは、けして偶然ではないと思う。恨みによって立ち上がる魔と戦う、戦後。長大な魂沈め。

 道中押し詰まっていくその時間感覚に、やはり「戦後」に作られた「次郎長三国志」を思い出す。
 



20091009

 台風一過。玄宮園へ。朝日放送「ココイロ」のロケ。夕餉の時間、トミーズ雅氏の声の聞こえる、あの短い番組。
 昔の絵はがきと同じ位置からの「同撮」のお手伝いということだったが、気がつくとインタヴューされたり、絵はがきをかざしたりするところを撮られていた。無精髭に普段着、隙だらけ。こんなのが放送されるのかしらん(カットされるかもしれない)。そのあと、絵はがきやグラフォスコープの撮影など。
 午後、実習にゼミ。
 夜、長い日本語を読み、その息遣いを感じるということを久しくしていないと思い、本棚から山田風太郎の『魔界転生』を手に取る。



20091008

 台風にて、暴風警報発令。午前7時の時点で警報だと、午前中の講義が休講になる。午前10時の時点で警報だと、午後が休講になる。今日は10時1分に警報が解除されたため、午後も休講。とはいえ、本日ははじめから講義がない日だったので、家で調べ物。午後、外に出たら台風一過の空。ピンポン玉を据えた筒(→作り方はこちらで覗くと、絶妙の雲の配置。

踊る肉単

 近くの本屋で、「踊る肉単」なる本を購入。これは、医療看護系の学生が解剖学用語を覚えるための本。アレクサンダー・テクニークで学んだことを復習がてら、骨についてもう少し勉強したいと思って買ってみた。これにはCD-ROMもついていて、webブラウザで骨格をぐりぐり回転できる。肩胛骨が関節とつながっていない状態でどうやってダイナミックに移動するか、上腕と下腕の動きがいかなる骨と筋肉の動きで制御されているかがよく判る。これは便利。
 もちろん、この本とソフトで得られるのはあくまで外部からの視点。自分の身体として改めて捉え直すには、やはり自分の身体を動かしてみなくてはならぬ。そして、誰かの動きを見て、誰かに触ってもらわねばならぬ。と、いうことがグループワークをやるとつくづくよく判る。一人では握手できない。
 介護の本をあれこれ立ち読み。お年寄りに立ち上がってもらうときの方法で、いままで誤解があったことに気づく。ぼくは差し出した手をつい、すぐ上にあげてしまうのだが、これは逆で、まずは差し出した手でそのまま下方に導いたほうがよい。このほうが、相手の腰がすぐに浮くのである。浮かせたあとに、立ってもらえばよい。



20091007

 院生ゼミ、人間行動論。アレクサンダー・テクニークの翌日は、なんとなく自分の立っている姿勢を気にしているのだが、講義が佳境に入ると、いつもの姿勢に戻ってしまう。
 台風が来ているのだが、以前からの約束で京都へ。行きの電車でちょうどフィールド帰りの一回生と一緒になり、聞き取りの成果を聞く。フィールドの興奮いまだ醒めやらぬ人からその空気を分けてもらう感じ。
 京都で札幌から来ている森直之さんとお酒。城さん、吉村さんをまじえて。
 最終の電車で帰る。ドアが開くたびすごい風が入ってくる。




20091006

 定例となりつつある、昼ご飯をはさんで10時2時グループホーム。中村さんと。
 最近、フィールドノートに絵を描く頻度が増えてきた。ビデオを撮らないので、空間配置をメモするべく。美術の点は昔から低かったが、慣れるとさくさく描けるようになる。

捧げ物

 アレクサンダー・テクニーク。今回は受講生からパソコンの話が出たことをきっかけに、下腕の使いかたを。尺骨とつながる小指、尺骨(鍵型)と橈骨(回転)の問題など。骨格図をしげしげと見ながら、掌、と思っているものの上半分が指であることをあらためて不思議に思う。
 上腕としっかりつながっているのは尺骨のほうであり、尺骨に直結しているのは小指のほうである。従って、重いものを持つときには小指側のほうが役に立つ。このことは、鞄を親指と人差し指でつまんであげようとするよりも、小指と薬指にかけてあげるほうが楽であることからも判る。
 その他、「身体全体で握手する方法」「身体全体でキーボードに触る方法」「腰から上で画面に近づく方法」「黒板を背にしながら背中に空間を感じる方法」など。
 我が身が腰から画面に近づいていないのに気づいて、ハタと、グループホームでお年寄りに立ってもらうときに、腰から上をまず前に倒してもらうことを思い出した。
 腕をあれこれひねりながら妄想。尺骨と橈骨は、掌を前にすると並行になり、掌を後ろにするとねじれる。掌を内側から前へひねる(外転させる)動きのほうが力が入りやすい。重いモノを両手でもつときの、下から捧げ持つ回外筋の動き。
 ふと、捧げ物をするときに下から両手で差し出すようにするのは、捧げ物の重さを表すパフォーマンスなのかもしれない、などと思う。身体の理屈にかなった表現が行われると、見るものに、同じ身体の動きを感じさせ、その動きをさせる力を感じさせる。ミラーニューロンの働きは宗教儀式にも反映されているかもしれない。

 帰りにちょっと吉田屋。珍しく客がぼく一人。先日のONJOの感想をあれこれ。女将曰く、「梅田君は蜘蛛の巣で、宇波くんはバベルの塔みたいやった」。あ、これは言い得て妙。



20091005

 「こころのテクノロジー」、今年はガザニガ編集の認知神経科学の教科書を骨組みに組み立てる。自身の勉強がわりに。一回生実習、夏休みの課題を講評、次回までの調査をお願い。



20091004

 鈴木昭男さんの「耳の道場」@京都芸術センター。宮本武蔵にあこがれていた、という鈴木さんの所作は、なるほど剣豪を思わせる切れ、人をはっとさせる身体の回転。音の粒立ちが身体の動きの無駄のなさと同期しているのがひたすら楽しい。ライブならでは。途中、「道場破り」という女性のパフォーマンスも。鈴木さんの所作にもっと集中したい気もした。
 終わってから、展示を見る。鈴木さんの石、音高く校庭に響く。
 来ていた青山さん、万里子ちゃんと話。3Dカメラであちこち撮ってるうちに細川さんや園田さん、ばきりノすガキさんとも合流してしまう。
 

20091003

ONJO@京都芸術センター

 京都芸術センターの二階でONJO。楕円形に配置された演奏者を反時計まわりで思い出すと、大友良英、梅田哲也、高良久美子、水谷浩章、アクセル・ドゥナー、大蔵雅彦、青木タイセイ、江崎将文、宇波拓、石川高、芳垣安洋、Sachiko M、カヒミ・カリィという並びではなかったかと思う。観客は、2/3くらいが楕円内に、残りが楕円外に。外にいる人はぼくも含めて演奏中にしずしずと動いて、いくつかの異なるポイントから見聞きした。

実験と作業

 これだけの人数だから、焦点はいくつもあり、それは演奏につれて変化する。が、この日、ぼくが聞きながら軸としていたのは、梅田哲也と宇波拓の対角線だった。どちらも楽器を用いないのだが、その「演奏」ぶりは対照的だった。梅田くんは、例によって、少しずつ実験装置を組み上げていくというやり方で、しかし、彼の実験装置の主体は糸だったり流水だったり熱だったりするので、あちこちが不安定で、その不安定さゆえに梅田くん自身に(そして見ている観客に)静かな緊張を与える。そして、ある状態が訪れると音が鳴り出す。
 宇波くんは、段ボールをがさがさと広げては、空のそれを積み上げる。その上に、自動巻き取り式の金属製メジャーを、引き出しては立てる。不安定ゆえにすぐにそれは崩れてしまう。積み上げた果てに音が鳴るわけではなく、むしろその積み上げている最中に、不用意な音が出る。段ボールのこすれる音、崩れる音、メジャーの折れる微かな音。いや、不用意、といっても、それはある程度計算のうちなのだろうが、その計算というのも、音楽に合わせようという計算というより、むしろ、できるだけ作業に徹した音へと志向されているかに聞こえる。といっても、できるだけ徹するということはつまり、でたらめではないということで、この屈曲したでたらめでなさへの志向が、静かな緊張となっている。
 実験と作業、とでも名付けたくなる対角線と交わるように、芳垣、高良ラインの自在なパーカッションがあって、この十字架を、管と弦の息遣いがゆっくりと進行する。
 実験と作業の持つ長い時間尺度は、考えてみれば、丁々発止をよしとする即興音楽にあっては異例のことにも見える。楽譜はないが、明らかに楽譜に匹敵するほどの長い時間単位の拘束をもたらす。拘束だが、それは、楽譜のような音符単位の縛りではなく、むしろ実験や作業に取りかかったとたんに始まってしまう、何かだ。
 実験と作業が音楽にかかわっているのだから、いまや、ミュージシャンのちょっとした所作さえ、そして観客の動きさえ、音楽にかかわっているように見えてくる。カヒミさんが、身重のお腹を抱えながら、緊張した美しい面持ちで銅鑼を叩いている、そのばちが逆さまにもたれている。もちろん、大まじめに。かくなる大まじめが成立するバンドが、いまだかつてあっただろうか。何か底抜けのマンガを見ているような不思議な気がした。



20091002

Phewとbikkeと山本精一@京都shin-bi

 Phewが歌うと、歌だけになっている。
 歌のように立つ人。
 bikkeは作曲するように壊れたギターを弾く。
 山本さんが最初に弾きかけて止めたイントロ。「幸福のすみか」を毎日聞いていたときの感覚がよみがえる。ああ、そうだった。こんな感じ。こういう感じだったんだ。そして「鼻」。

 bikkeがソロの最初に「オリンピックがどこかなんて興味はないんですけど」と弾き始めたのは「虹と雪のバラード」。このトワエモアの名曲が、もうbikkeのオリジナルにしか聞こえなかった。  



20091001

 本日より講義開始。
 夕方、同僚の上野有理さんから「子持ち鮎いりませんか?」とメール。環琵琶湖実習で近くの水産所からいただいたのだという。モチのロンでお裾分けをいただきに参上。家に帰って串を打ち、塩焼きにする。口から湯気が上がったところで引きあげて、箸でひとつまみ。
 旨い。
 予想をはるかに越えて旨い。
 もう20年前、生態学教室で魚学者の片野修さんが釣ってきた鮎をもらって食べたときのことをいきなり思い出した。なぜかその頃、生態学教室の連中と夜な夜なやってたヘボ麻雀のことも。いつもテレビの番組が終了するまでやってたんだっけ。で、「お休み前には火の元をお確かめ下さい」と唱和して、また打ってたのだ・・・
 そして鮎をもうひと箸。やはりとてつもなく旨い。ああ、キモの苦さがまた旨い。もう一匹焼こう。
 あとで聞いたら、琵琶湖産の鮎を今日しめたものだったそうだ。

 いましろたかしの「釣れんボーイ」に「スイカの匂いのする魚よ・・・」というフレーズがあるが、新鮮な鮎はほんとにスイカの匂いがする。




 

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