The Beach : Dec. a 2003


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20031215

 久しぶりに「Different Train」。Jeditの時刻スタンプを使って書いてみる。

 京都でコミュニケーションの自然誌研究会。定延さんの発表は、日本語りきみ音について。のっけから、「これまでは作例を作って考えてきましたが、ようやくこの研究会らしく、きょうは実際の会話を使ってやります」という宣言が出て、一同、おおとどよめく。この実際の会話例というのがまた、じつに語りの愉しさに満ちている。愉しいだけでなく、「常務は大阪人」なんて例から、知識と体験の相違が論じられる展開にはうなるばかり。あとで菅原さんが飲み会で「いやあ、サダ坊はすごい!」と絶賛していた。
 その定延さんの、「りきみ音体験説」を聞きながら、この前から考えている「非ソシュール的用法としてのことば」について考える。定延さんの取り上げている「りきみ音」の例には、他人の語りの直接引用、そして感覚語や擬音・擬態語が目立つ。ところで、他人の語りを直接引用するとき、わたしたちはしばしば、他人の口調を真似る。つまり、単純に、だれそれがこういう内容のことを語っていた、というのではなく、「○○さんたら『とんでもなーい』っていうんですよ」といったぐあいに、他人の語りの調子も真似る。つまり、語りの内容だけでなく、語りの時間構造が引用されていることになる。
 擬音・擬態語でもこの傾向は強い。「さーっ」「どぼーん」というとき、そこには何らかのプロソディの変化が伴う。長音は形容すべきできごとの長さに応じて伸ばされ、アクセントは形容すべきできごとの重さや強さに応じて強まるだろう。感覚語でもこのことは言える。「つめたーーーい」というときは冷たさの通過する時間が、「すっぱーーーーい」というときは酸っぱさの持続時間がなぞられている。
 つまり、りきみ音ではシニフィエが体験れているのだが、その体験とは、シニフィエの時間構造に沿う形で為されているのではないか。ことばには、「非ソシュール的用法」があり、人は発話の中にこうした非ソシュール的用法を挿入することによって、体験をスーパーインポーズする。そして、りきみを伴うことでどこがスーパーインポーズされているかをより明確にする。
 つまり、ことばは、ソシュール的用法により身から離れ、非ソシュール的用法により身に沿いながら、知識と体験のあいだを往復している。非ソシュール的用法には、時間構造に沿う装置として、直接話法、感覚語、擬音・擬態語などを用いた音声レベルの変化があり、さらに用法のありかを示すタグ装置として「りきみ」がある。いっぽうソシュール的用法では、シニフィエと声は切り離されているものの、以前から定延さんが書いておられるように、シニフィエ体験の有無によって可能な表現が異なってくる。
 うーむ、かなりもっともらしい話になってきたではないか。  


20031214

 TVで同じ映像が繰り返し流れるときは要注意である。映像の多様性がないということは、違うニュースソースが許されないということであり、そこには必ず、メディアを統制する力が存在する。
 わたしたちは物語どうしの整合性によって、それがニュースであるか伝聞であるかを判断する。整合性を欠いた物語どうしの間に、伝聞の介在を聞き取る。あまりにも整合性のあり過ぎる状況は、逆に疑わしい。整合性のない物語に出会うことで、わたしたちはようやく、伝聞が許されていること、うわさが許されている社会に生きていることを知る。
 口内からDNAを採取されるフセインの映像が繰り返し流れ、いかにもなにかめでたいことがおこったようなブッシュの演説が流れるとき、それをまともに受け取る気になれないのは、そこで言祝がれているのがイラクの安泰ではなく、DNAを採取する権力であり、その気になれば個人情報を意のままにあやつるブッシュ政権の力に過ぎないからだ。この人は、口を開けるフセインのようにイラクを扱ってきたし、これからもそうだろう。

 夜の寒さがきびしくなり、足下に蒲団の上からどてらを敷いている。夢うつつになったころ、猫が四つ足を入れ替えながらどてらの踏み心地を確かめるのがわかる。ちょうど、蒲団の下のこちらの足に体重がかかるあたりに、ほどよいへこみをみつけると、猫はどてらの上に身を丸める。しばらくするとそのぬくさが伝わってきていい案配なのだが、足の上に乗られるのは重いので、猫の形を囲むようにがに股になってみたり、くの字になってみたりする。それで最近眠りが浅い。


20031213

 博覧会研究会。斉藤さんの発表は戦時下の百貨店と国策のかかわりについて。物を売る場所だったはずの百貨店が、翼賛ディスプレイの場所になっていく過程について、当時、百貨店で催された博覧会資料をもとに解き明かしていくもの。個人的に面白かったのは「急げ都市疎開展」と題された、1944年2月に松坂屋で催されたイベント。当時の博覧会には客寄せのために相談所が設けられ、ノウハウを民衆に伝授する場所となっていたのだが、この「急げ」展も例外ではなく、「疎開相談所」なる相談所が設けられていた。また、そこでは「疎開明暗ジオラマ」(四場面)が展示され、疎開生活の昼夜が光線の調節によって実地教育されていた。ジオラマのなれのはて。


20031212

 十日ほど前から右耳がはれて痛いので、朝いちばんで市民病院へ。軽い外耳炎とのこと。2時間待ったわりにはあっけない診断であった。待ち時間に見合う重い診断を期待してしまうのはなぜだろう。
 待ちながらiPodに入れまくってある志ん生落語集を(左耳で)聞き続ける。「お初徳兵衛」で徳兵衛の身につけているものを列挙していくところは「黄金餅」の土地名が並ぶときと同じおもしろさ。名が並べ立てられる。名から名が呼び出される。具体的な色や匂いをまとっていた名前たちが、呼び声においつかなくなる。世界よりも速く呼び上げられる名前の時間。

 昼前に大学に行き、ゼミやら卒論指導やら統計指導やらでばたばたしていたらあっという間に夜。

 「てるてる家族」が始まってから二ヶ月半になろうとしているが、これだけの長い期間、きちんとドラマを積み上げて、なおかつ少しずつ新しい試み(今週でいうと「運命」の変奏)を加えていく脚本と演出の長いスパンを見越す力はすごい。「オードリー」以来、久々に朝起きるのが楽しみと言える朝の連ドラ。今週はうたごえ喫茶に大西ユカリという配役。

 朝の連ドラが終わると必ず、NHKニュースが五分間流れる。このときのアナウンサーの顔の暗さが、その日の日本メディアの「天気」を示す。アナウンサーはこの瞬間を何度も経験することで、顔に独特の陰りを帯びる。以前の武内陶子アナもいまの高橋美鈴アナにも、民放のいわゆる局アナにはけしてない陰がある。


20031211

  チンパンジーの描画行動を調べている井本くんと屋台で飲む。屋台のチラシに描かれたセリフとサンセリフの解説に始まり、描画行動は空間だけではなく時間の問題に注意すべし。石川九揚の本を読むこと。ピカソの映画を見なさい。棟方志功がベートーベンを口ずさみながら版木を彫っていくのを見なさい。そのうえで「描く」ということについて人間が持っている常識がいかにチンパンジーで成り立たないかを列挙していきなさい。などなどとあれこれ言いたい放題の説教。


20031210

 昨日の懇親会のあと、梅原さんと袋町でぐでんぐでんになりながら語っていたのは、口が、食物を食べる場所でありかつことばをしゃべる場所であるということの重要性だった。わたしがものを食べる。その食べるときのむにゃむにゃくちゃくちゃという顎の動き、舌の動きを再現し、そこに声帯の振動を送り込んでやる。声帯の震えは、食べるという行為のフィルタをまとって、声となる。相手は、ミラーニューロンならぬエコーニューロンを介して、その声にわたしの食べるという行為を聞き取り、同じように口を動かしたくなる。おそらく、ヒトが気管と食道という二つの管の共通の入り口に声のフィルタを進化させたのは偶然ではない。ヒトは食べることを音にすることで、自分の咀嚼運動を相手に伝え、相手に咀嚼することを喚起させた。このようなツールを手に入れた動物だけが、いま口の中にない食物、いまここにはない食物の記憶を相手に喚起させ、他個体との食物交換、時間をおいた利他行動を進化させたのではないか。

 こんなことを考えたのは、先日Fitchの発表で見た咀嚼運動のレントゲン写真が、酔いに合わせて思い浮かんだからだ。

 そこからさらに話は大風呂敷になり、ヒトを呪わば穴二つ、と呪の漢字論ならぬ呪の声論。二つの穴がたがいに自分の穴のありようを声で交わし合い、おのれの穴にイカをぶちこみ、ふなずしをぶちこむ。食べ物を得ることができぬ者は食べ物を噛み砕く口の形で呪いの声を吐き、空の口を音にする。食べ物を口にしている者は、自分の口の形が相手の呪いの形にそっくりなのに絶えきれず食べ物を分け与えるのである。
  店の自家製ふなずしは、あまりにうまく、一人で一匹分くらい食った。最後に、しょうがをきかせたふなずしのすまし汁をいただいたが、これがまた絶品だった。夏の沖島のふなずしといい、今年はふなずしにめぐまれている。これも「ふなずしの唄」でふなずしの魅力を日頃言祝いでいるおかげであろうか。さあふなずし好きはオレサマを呪え。いや、呪わないで。

それはともかく、「食べる行為を音声化することが、食物分配という利他行為を生み、ことばを進化させた」というアイディアはなかなかいけるのではないかと思う。

 アイボ高橋さんが来る。今日は、アイボの立ち上がり動作に協調する人間の動作を微分しながら、コンマ秒単位で相手を「待つ」ことが意味を生み出す様を活写する。


20031209

 外交とは、金を投じるときには使途を明確にしながら恩をきせ、その恩と相殺する形でこちらの言いたいことを言うという駆け引きなのだろうと思う。やり方によっては、多額の金を出し、しかもこれは人道支援以外につかったら困るよと牽制をしつつ、アメリカの政策とは一線を画す人道支援を模索することでイラク人の信任をとりつける手もあったはずである。が、日本の場合、金は丸投げで、しかもその金はまったく外交取引の材料として生かされず、「弱腰の」国としてアメリカの要請で自衛隊を派遣する。

 自分の気に食わない相手をやっつけるにあたって、相手が死んでもやむなし、関係のない人が巻き添えになっても止むなしという戦いの態度を取り続けているのはブッシュ政権である。親米国を誰かれかまわず攻撃の対象にするテロリストの行動は、ブッシュ政権の似姿にすぎない。相手が死んでもかまわないという態度は(その意図がなんであれ)、同じ態度を肯定する。誰かを殺すことを肯定する者は、同じ倫理を共有するものによって自分が殺されるリスクを負う。誰かを殺すと明言せずに結果的に誰かを死に追い込む者は、より悪質に死に追い込まれるリスクを負う。日本はいわれのない恨みによってテロの標的になるのではない。自らが示した倫理によって同じ倫理下で行われる行為を享受する。この連鎖にくさびを打つために必要なのは、相手を殺すことはできないという態度でしかない。


20031208

 朝から講義など。どうも体が重く、年末の疲れが出つつある。早めに蒲団をかぶって寝る。


20031207

 酔い疲れ、シンポジウム疲れの体をなだめる一日。ジュンク堂でライアルズ「音声知覚の基礎」(海文堂)。カテゴリー知覚、音声知覚の動向があれこれ書かれていて、昨日までの議論の前提を復習するのに役に立つ。しかも驚くほど読みやすい。仮説を組み立てるプロセスがちゃんと書いてあるので、音響学や音声学の教科書にありがちな退屈さをまぬがれている。音声言語に興味のある学生のゼミで使えそう。

 東一条の日伊会館で山村浩二のアニメーション特集。この作家はさまざまなアニメーション手法をじつに巧く使うのだが(「ひゃっかずかん」!)、手法の混合がいちばんうまく生かされているのは「カロとピヨブプト」ではないかと思う。紙に描かれたパンに塗られるバターの厚み、紙の家に入ってよろこぶカロとプヨププトの粘土製の胴体の対比などは、手法の違いじたいがユーモアになっている。(カロの粘土胴体と手書きの足がまたなんとも楽しい)。また、「おまけ」にさりげなく入っていた、驚き盤を模したアニメーションには、回転体をとほうもない世界に導いていくセンスが見えた。
 「頭山」は、浪曲に桜を配し、よくも悪くもアヌシーを獲りにいった作品だなと思う。語りの時間をアニメ化したという点で、岡本忠成「旅は道連れ世は情け」(語り:桂朝丸)をほうふつとさせたが、「旅は道連れ」に比べると「頭山」の国本武春の声は、語りがぶつ切りになっているために、彼本来の勢いや滑稽味が生かされていない。また、この話の持っている再帰性のおもしろさが、アニメーションに(ラスト以外では)あまり生かされていないのも気になった。
 この作家がずっと抱えているのであろう、街の身近さと街(そして他人)への違和感というテーマがいちばん素直に出ているのは、じつは初期の「ふしぎなエレベーター」ではないかと思う。「ふしぎなエレベーター」を越える脚本を得たときにたぶん、すごい作品がでてくるのだろう。


20031206

 朝からシンポジウムの続き。喜多さん、Corballis, 坊農さん、Fitch, Falk, Liebermanと盛りだくさん。

 喜多さんの話は、ニカラグアの手話文化の話と擬態語・擬音語の話との二本立て。ニカラグア紛争の後、それまではばらばらにホームサインを行なっていたろう者が一カ所で教育を受けるようになり、それが第二世代、第三世代と進むに従って手話を洗練させていくという話は、あたかも言語におけるピジンからクレオールへの生成のよう。

 Corballisの話は、言語進化に関する大胆な仮説。ざっとまとめると、脳の発達を抑制するCMAH遺伝子が200万年前、ヒトとネアンデルタール人でジャンクDNAに変化し、この結果、脳の発達のたががはずれた。さらに100,000年前から50,000年前にかけてあらわれたFOXP2遺伝子(音声調節にかかわる遺伝子)をめぐる変異により、「sequencial thinking」が可能となり、人類はアフリカからヨーロッパに移動し、劇的な人類進化につながった、という話。
 FOXP2については2001年にNatureで発表されて以来、機能や変異の時期、内容についていろいろ議論のあるところだが、ひとつのシナリオとしてはおもしろいと思った。

 Fitchの話は比較動物音声学の見地から言語進化を考えるもの。まず、ヒトやヤギなどで、発声時の咽頭のレントゲン動画を見せたのだが、これがすごくインパクトがあった。発声のときにどんな動物も異様なほど舌が複雑に動く。四肢に比べても、その動きは尋常ではない。
 発声のときの咽頭の動きもおもしろい。ほ乳類によってはまるでボール球を喉の中で転がすように、咽頭を何十センチも下にぐっと押し下げる。これによって声道の長さを一気に確保して、低く太い叫び声を出す。声の低さとボディサイズが相関して性選択にかかわるという話は社会生物学では有名だが、もし、ボディサイズのわりにすごく咽頭を押し下げる能力をもった個体が進化すれば、他の個体を出し抜けるだろう。おそらく音声進化にあたっては、咽頭の移動量競争というすさまじい選択圧もかかわっていたに違いない。
 しゃべるオットセイHooverや、鳥の複雑な音声の話をざっと概観したあと、Fitchが唱えるのは、言語進化におおまかに二段階を考えるというもの。まず、音声の複雑な構造が先に性選択によって進化し、意味作用はあとから遅れて近親者のコミュニケーションに用いられることで進化した。後者の意味作用が人類のみで複雑になったのは、霊長類が子育てに異様に長い期間を要することと関係があるだろう、とFitchは推測する。
 彼の説が正しいとすれば、音楽のメロディの調音のような性質は、意味作用よりも先に、性選択によって進化した可能性がある。もし、その性質が現在も残っているとすれば、ことばよりも音楽のほうが異性を口説くのに役立つはずだがどうだろう。モテるための音楽こそが音楽である、という話に同意しそうなミュージシャンは確かに多そうな気はするが。Fitch自身は、音楽を一種の進化の化石と考えており、その機能は現在では多様化しているとしている。

 最後は60年代から音声知覚の世界をリードしてきたLieberman御大の話でしめくくり。子音がバーストしてから声帯振動が起こるまでの時間(Voice Onset Time)の長さによって子音のカテゴリー認知が変わるという、彼の有名な仕事の話をもとにしながら、その認知が脳内酸素量によって変わるということを、エベレスト登山隊のデータをもとに考えるというところがおもしろかった。ほかにもパーキンソン病とカテゴリ認知の話など、この、森林に棲む霊長類のような風情の言語学者のアイディアは、まだまだ尽きることがないらしい。

 シンポジウムはとても勉強になったが、いっぽうで、インタラクションを考えるアプローチが坊農さんの発表をのぞいてほとんどなかったのも気になった。複数の時系列がある特別な意味を帯びるということのおもしろさを考えるには、単体による単独のシークエンス認知を考えるだけでは限界がある。複数による複数のシークエンス認知には、まったく質の異なる現象が起こっているという感じがする。

 終わってから斉藤さん、片桐さんと三条で飲む。生の言語学と死の言語学、realizationとrepresentationの話など。

 まほろばに移動して、鈴木翁二ライブ。じつは鈴木氏もさることながら、ゲストのオクノ修氏の唄を聞くのがかなり楽しみだった。オクノさんの「こんにちはマーチンさん」は、小坂忠の「ほうろう」と並んで日本語ポップスの生んだ宝石だと思う。「クリスタルクリスタル」と、日本語のモーラが空気を結晶化する不思議。まっくろくろすけの唄は、ライブで聞くとCDに増して凄み百倍。新譜「唄う人」にサインしていただく。
 鈴木翁二の唄は、マンガの印象よりもずっとざらついたものだった。見世物の呼び込みのように誘い、それでいていつのまにか、しんとさびしくなる。考えてみれば、彼のマンガの中の少年は、見世物に惹かれてあの世に行ったよな透明な夢を見るのだった。


20031205

 シンポジウム続き。Mazuka, Werker, Kajikawa, ランチをはさんでGoldin-Meadow, Emmorey, Masatakaと続く。

 Mazukaさんの話は、モーラ言語としての日本語の「赤ちゃんことば」が持つ性質を調べるというもの。子育て経験のある母親と、養育経験のほとんどない学生とに質問することで集計しているのだが、とくに撥音便と促音便と長音(っ、ん、ー)が特定のパターンで入ると、「赤ちゃんことば」らしさが上昇するところがおもしろかった。擬態語・擬音語の発生とかなり関係がありそうな話だ。

 ここからは私見だが、擬音語・擬態語の重要な性質のひとつは、シニフィアンの時間構造とシニフィエのもつ(運動の)時間構造の性質がリンクしている点だ。
 通常の単語では、シニフィアンの形態とシニフィエの性質とは独立している(と、少なくともソシュールをかじったヒトはそう思っているだろう)。たとえば、「はやい」ということばをゆっくり言ってもよいし、「おそい」ということばをすごく早口でいってもよい。いっぽう、「ぶっぶー」「ぱかぱか」「しゅわー」といった擬音・擬態語では、シニフィアンのもつ速度や子音と母音の変化に、シニフィエのもつ時間の性質がなんらかの形で写し取られているように思う。警笛のないおもちゃの自動車を動かしながら母親は「ぶっぶー」と自ら警笛を唱える。「ぱかぱか」ということばは、馬に乗って足音のリズムをかんじるようになると、容易に「ぱっかぱっか」と変化する。
 舌の運動である音声を、身体運動に乗せてやる、というのがじつは擬音・擬態語のもつすごい性質であるとすれば、擬音・擬態語の口ずさまれるとき、ジェスチャーはその音につれて通常よりもダイナミックに動くはずである。擬音・擬態語に伴うジェスチャーというのは、この意味でおもしろい問題を抱えている。

 Emmoreyの話は、PETやfMRIのデータを駆使しながら、ASL話者と英語話者との脳活性部位の相違点を論じていくもので、脳科学と言語の新しい分野をどんどん切り開いている感じ。Emmoreyの論文は彼女のサイトでけっこう読んでいるのだが、喜多さんに伺った話では2001年に出た"Language, Cognition, and the Brain"が、サイン言語や空間表象に関するすごくいいレヴューになっているそうなので、こちらも読まねばなるまい。

 夜、榊原さんのおすすめの錦林車庫ちかくの鳥料理屋に行く。ここはすごくうまかった。
 河原町に出て飲み直し。一時に解散。明日は朝から晩までシンポなのだが。


20031204

 ホテルフジタで「ことばの起源」再考。Izumi, Ghazanfar, Wang Trainor。前の三人はサルの音声認知の最近の研究動向。Trainerは音楽認知の話。Izumiさんの、ほんの100ms単位のギャップでニホンザルの音声認知が一気に落ちるという結果は、サルにとっての沈黙長をあれこれ考えさせる。
 夜、一次会のあと赤垣屋。


20031203

 月刊言語の1997年のバックナンバーに「”忘却”」特集があったので読む。
 うーん。
 勉強にはなった。なったのだが、しかしぼくの考えている「忘却」とはずいぶん方向性の違う特集だった。「言語」の特集だから、てっきりぼくは「忘れる」ということばをめぐる特集かと思っていたの。が、ほとんどの記事は、「記憶障害」を扱っていた。いっぽうぼくの関心は、いま、ぼく自身に起こっている「もの忘れ」であり、その果てにあるできごととしての「記憶障害」であり、つまりは誰にも現われる、ある本質的な問題としての「もの忘れ」である。


20031202

 消防学校の講義。かれこれ4年目になる。毎年少しずつバージョンアップしていくのだが、今年はPTSDの話を盛り込む。強さや厳しさがもとめられる職場だけに、ストレスに対してまだまだ医者に行ったり専門家のケアを依頼するというのには、まだまだ抵抗があるそうだ。ぼくは臨床心理が専門ではないから、あまり踏み込んだ話はできない。人を頼ったり人に助けられる経験は、人に頼られたり人を助けるときにきっと役立つはずです、という話をする。きっと、などと言っているわりには具体的にどう役立つか知らないのだ。


20031201

 講義を終えてATRへ。竹岡さんの高齢者の対話データ。最初、トランスクリプトを渡されたときは、方言の壁もあってほとんど外国語のように見えたが、何度も見直すうちに、だんだん二人の話者の抱えている世界が明らかになってくる。二人の高齢者が同年代の他人の「ぼけ」について話すという、なかなかきわどい会話なのだが、最近のぼくの興味である「忘却」に直接かかわるデータで、とてもおもしろかった。

「畑」と「忘れ」について。農業を営む人たちにとって、「畑にいく」というのは、長年にわたって体にしみついた行為である。「ぼけ」が来た人は、誰かとの約束を忘れて、朝早くから畑に行く。約束を反故にされた話者は「畑にでもいったんだわ」といって笑い合う。畑に行くことと忘れること、「ぼけ」とが、同じこととして語られる。
 しかし、そのいっぽうで、二人の話者にとっても、畑はもっとも身近な存在である。畑について話すとき、二人の手はいきいきと動く。他の話題ではさほど動かない手が、とたんに波打ちはじめる。じょうろで水をやる、ござの腐ったのをかける、種をまく、二袋まく、薬を使う、ひとつひとつの作業をことばにするとき、手が卓上で左右に振れる。二人は、すっかりぼけてしまって畑に行くことを繰り返す知人のことを笑いながら「でも畑あればこそだ」「自分たちだってそうだ」と、自分たちの畑の話を始める。「畑に行く」ことは単に「ぼけ」や「忘れ」のみを表わすのではない。どんなにぼけても「畑にいく」ことを覚えていること、畑のことだけは忘れないということを示している。
 そう考えると、農業に長年たずさわった老人たちが、老いを迎えて「畑あればこそ」と語り合うということは、なかなか深い。畑に行く以外を忘れてしまう老いと、畑に行くことだけは忘れない老いとが未来にあって、その未来に、いまの畑が重ねられる。

 夢の語り。前の晩に療養先で寝たきりの知人が夢に出てくる。その知人はいきいきとしている。やっぱり家に戻りたいんだろうにかわいそうだ、と話者は語る。夢の中の知人の表情から、知人の感情を読みとる。夢にあらわれた知人の感情を、じっさいの知人の感情として語る。誰かの考え、感情を推測する回路としての夢。

 二人の話者にとって、ぼけは他人ごとではない。どうかしてそんな病気が出なければいいけれど、わからない、明日の日もわからない、といって、片方の話者は笑う。もう片方の話者は視線をそらす。

 飲み会で「畑のない老いをいかに生くべきか」を話し合うが、なかなかこれといった答えはでない。畑仕事は考えてみるとなかなかよくできている。手を入れようと思えばいくらでも手を入れることができるし、そこそこ運動になる。それぞれの体力の許す範囲に作業をとどめることができる。おそらく、農業がこれだけ人類に広がったのは、人のもともと持っている能力と農作業がよほどフィットしていたからに違いない。
 いっそ、会話分析老人会というのを作るか、という話をする。なにしろもう一生かかっても解析できないくらいデータはある。ちまちまスクリプトに手を入れていけばいくらでもヒマはつぶれる。畑なきわれわれは、「データあればこそ」などと語り合って、あれもこれも忘れても、なぜか分析だけはしている老人になるのではないか。
 しかし、椅子に座ってモニタを見続ける作業には、「腰をあげて動く」というのが欠けている。やはり畑にはかないそうにない。