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20001231
 Ego exchangeを少しだけ改変。文章を入れ換える。

 資料整理。机の臭いはようやく薄らぎ、落ち着ける部屋になってきた。ビートルズの歌詞とコードだけが全曲載っている本を買う。ときどきピアノに向かっていい加減に弾く。RIGI山のパノラマが届く。1858年。原稿を書いては資料を見直す。

20001230
 永井龍男「 一個・秋その他 」(講談社文芸文庫)。「一個」前半の意識の流れ方の見事さ。字にものを見いだす感覚。人の立っている様子を表す「彳」(たつ)という漢字。「いちょうを、旧仮名遣いでは、い、て、ふ、と書くが、散り初めの葉は、ちょうどそのような姿で風に舞うことがある。」


 変換やカットアップに必要なのは、ことばの区切れ目に関する知識。変換「辞書」と呼ぶと、ただの語彙の知識が込められているように思えるが、じつは肝心なのは、区切れ目の知識が込められていること。
 たとえば「という」を「という(またメタファーを用いて申し訳ないが)」という風に変換する規則を作った場合、そこには単に「という」=「という(またメタファーを用いて申し訳ないが)」という知識が入っているだけでなく、「という」の直前と直後を文字列の区切れ目として扱いなさい、という知識も入っている。
 コーパスの一単位は、直前の区切れ目・直後の区切れ目・その内容物、という三つの要素から成り立っている。


 ピチーカートV「さ・え・らジャポン」、フィッシュマンズ「Aloha Polydor」。フィッシュマンズをぼくはこれまでほとんど自主的に聞いたことがなかった。この、薄い空気を探り当て確かな浮力を掴み取るような音楽を聞いていたら、90年代後半は違ったものになっていただろう。来世紀も空気が薄いことに変わりはない。ピチカートVの鉄面皮な(中尾ミエのいない)東京を聞きながら浅草の話を書く。

20001229
 朝、相方がペット・サウンズをかけたらそれはまるで聞いたことのないアルバムみたいに聞こえた。それで今朝の夢を思い出した。ぼくは神戸に遊びに来ているところで、遊びのはずなのに水泳の合宿が始まる。ロッカールームに向かう知人に聞くと、どうやら今日の課題は「平泳ぎをしながら英語の歌詞を歌う」というもので、なるほどかばんの中には折り畳まれた歌詞カードが入っていて、それはジョン・レノンの「スターティング・オヴァー」なのだが、悲しいかなタイトルの「スターティングオーヴァー」というところしか覚えていない。まあいいや、どうせ平泳ぎなんだから息継ぎするところだけで歌っていればバレやしない、と考えて、一行にひとつだけ単語を覚えることにする。それにしても温水プールだったらいいが。


 床屋に行く。伸びすぎた髭をすっかり剃ってくれと頼むと、若い店員はバリカンであらまし刈りだすのだが、刈り取られた髭が除雪車の吹き出す雪のように顔にふりかかり鼻の穴に口の端にと貼りつくのに、店員はあわてる様子もないしふりかかっているのは雪ではなく自分の髭なので、こんなものかと黙って眼をつぶっているとさすがにあわれに思ったのか顔をあちこちタオルでぬぐってくれるが、口の端のは残ったままでここで舌なめずりするのもあてつけがましいのでそのままにしておくと、苛がゆさがだんだんなまってきてこれまでずっと口の端に髭を貼りつけて生きてきたような気がする。もっとも顔を洗ったらやはり髭など貼りついていない方がいいと思った。


 相方の誕生日なので近くのフランス料理屋へ。帰って「ジョン&ウツノミア」。それから久しぶりにフィービー・スノウ。悦ちゃんから電話。インタヴューのうまい人は普通に電話をかけていても話を接ぐのがうまい。

20001228
 朝から原稿。気分転換に小川珈琲で別の章。スポーツ紙はどの一面も石坂浩二・浅丘ルリ子離婚。浅丘ルリ子の年齢(60)とか身長(153cm)とか体重(35kg)。ゴシップ記事の驚きは数字にあり。戻ってきたら羽尻さんが帰ったところだった。

 注文していた本棚が来る。天然木つっぱりラック、というふれこみなのだが、ものすごい塗装臭。もしかして塗ったあと乾かしてないんじゃねえか、これ。寒気に換気。部屋を開け閉めしてたらすっかり体が冷えてしまう。ええい、ビールでも飲んでやれ。

 今日も鍋。途中からチーズを加え、夜食にはスパゲティを入れて食べるといういつものパターン。

20001227
 昼、羽尻さんが来る。かんぽの宿で昼食、温泉入り。その後、あれこれと東京研究生活の話を聞くが、あまり気のきいたことが言えない。グランド・セオリー、という考え方をあまりしたことがないせいかもしれない。
 晩、西本くんも来て鍋。ちょっと酒。それから原稿を朝まで。

20001226
研究室用にWindows対応のプリンタを買ってくる。上岡くんのSPSSの調子を見て、校正など。表は雪。戻って部屋を片づける。ようやく床が見えるところまで。途中で読みふけった資料断片数知れず。

20001225
仕事。寒くなってきた。

20001224
 午後に起きてだらだらTV。藤山直美&志村けんのふぐ料理対談楽し。行き逃した若中を悔しく思いながら盗み見るようにTVで。

 蒲原有明「夢は呼び交す」(岩波文庫)の中将姫の下り。

人間には執心というのがある、この事ばかりはどんな障りがあっても朽ちさせまいとする念願がある。それがやがて執心である。子代もなく名代もないその執心は、いわば反逆者の魂となって悶え苦しむ。その執念を晴らそうとして、変遷推移する世代から、犠牲の座に据えられた第一人者を選んで、いつでも憑(よ)り乗りうつる。


 夜中、トイ・ストーリー2をビデオで再見。さらにUSA70年代番組オープニング&CM集。70年代のちょっとしたジングルや小唄っていちいち琴線に触れまくり。

20001223
 G.H.ミードがジェスチャーについてあれこれ書いているという話を何かの論文で読んで検索かけたらええページがありましたがな>Mead Project
 ミードは実は自分では一冊も本を書いてなくて、今出てる本は弟子が講義録や論文などをもとに編纂したもの。が、じつは原著論文はしっかり残っていて、それがこのMead Projectにはアーカイブされているちゅうわけだ。もちろんジェスチャー論も検索すればひっかかってくる。さらにありがたいことにはダーウィンの「人及び動物の表情について」まで原文でひっかかってくる。

 昨日買った織田作之助「六色白星」オチよりも主人公の奇行を夢遊病よろしく積み上げ夜尿症よろしくぶちまけていくやり口のおもしろさ。
 永井龍男の初期短編を読み返す。記憶に押されるように記憶の外に出る話としての「ある夏まで」「胡桃割り」。
 ここのところ、eBayで買ったアメリカのCM集8巻を毎晩見てる。編集のせいもあるんだろうけどベトナム戦争激化の頃には見事にミリタリー玩具のCM頻度が増えるように見えるからすごいな。

20001222
 この日記は昨年の日記をコピーしてその上に書き直してるので、書く前にいちいち一年前のことが表示されて、たいていはこの一年の変わりなさがわかっていやになるのだが、たまにすっかり忘れていることを思い出したりする。どうでもいいことはコツコツメモって置くとたまに未来の自分に一撃くらわすことがある。今の自分にどんな未来を打つことができるかという展望がないからである。ただしほとんどはハズレである。

 というわけでジョンを見に行きました。生ジョン。CD「カセット盤」はえらい密室的音楽だと思っていたけど、着ぐるみ着てオルガン弾くジョンの無気味さはすこーんと抜けて気持ちよく捻転しておりました。オルガンの裏が客席からは見えて、踏み板と連動したふいご板が互い違いにぱたぱた動く機械の愛敬。たまに同時に動くのがまたよくてねー。いったい誰に声をかけているのか、「はい」というかけ声。でもすき〜。

 ダム山崎の歌入りマンズマンズワールド。マッチョなドラム。
 チルドレン・クーデターはスピーカーのまん前で耳が辛かったので途中退場。

 ふちがみとふなと泣かせる歌の数々。首も千切れよと左右に揺すられる「サーフィンUSA」。「マイケル・ジャクソンがまだ人間だった頃」特集の「アイル・ビー・ゼア」フィンガー5バージョン。ポーグスもさることながら、アンコールの「さらばジャマイカ」の「キングストンタゥン」の付割り和訳にしびれる。

 帰りの車の中でICレコーダーに吹き込んだジョンの演奏。小さいスピーカーから流れるオルガンの音はひどく割れてそこから途切れ途切れに聞こえる声。

20001221
 来たね、スティーリー・ダンの的確なリズム。これなら21世紀まで生きのびるなんてへでもないわ。なんて考えながら車に轢かれることだってあるかもしれないが、いくらリズムが正確だって勝ち負けから自由なわけじゃないのだから、あまりつけ上がらないほうがいい。態度を変えるならインテンポでやれ。テンポルバートだとこちらが何かをする前にいちいち読まれてしまう。相手に何かを言おうとする前に何が言いたいか気づかれてしまう。言う前からわかっていることをなぜ言う必要がある?だから言う前に言うな。敵をあざむくにはまず己からだ。言う前に考えるな。見る前に飛ぶな。そもそも飛ぶ前に飛ぶな。わかっている結論になぜたどり着きたい。句読点にたどり着いたらなぜ変換しなきゃいけない。道具さえあざむかなければならない。日本語をあざむくにはまず日本語からだ。何もバロウズみたいにいきなり言語を敵に回せというのじゃない。小さなことからコツコツとだ。さっき銃・病原菌・鉄を読んでたときにアニタ・シンガーズがオブラディ・オブラダを歌っているので、家畜を鬼畜に病原菌をまきちらしたどりついたアメリカ大陸に花開いた宗教の産み出したコーラスがこうも必要以上になめらかになる運命の数奇には驚かされるばかりだったが、それをCDプレーヤーで聞きながら大豆のトマト煮を食っている自分の足が突っ込まれているのがナショナル電気コタツであることだってアニタ以上に驚異である。相方の話では、この大豆のトマト煮牛肉入りはチリ料理であるとFMココロで紹介されていたという話だが、大豆は中国に発祥し、牛肉はユーラシア大陸からはるばる南米に渡り、ナショナルは松下幸之助が日本で興したのだから、いまこの身体は偉大なる歴史の交差点であるとしか言いようがない。そんな交差点は世界に数十億あり、いたるところで言語インターチェンジによって渋滞し、交通事故を起こし、いたるところで歴史は轢かれている。スティーリー・ダンがお二人さんたいがいにしなはれと歌っている。

20001220
 浅井さんのゼミ発表。「忘れた」「覚えてない」「分からない」を巡って。忘れた、とか、覚えてない、といった発話は、単に話を放棄しているだけではない。
 それは「何を忘れたか」「何を覚えていないか」を巡る発話であり、「忘れたこと」「覚えていないこと」を相手に探索させる。「忘れた」という発話があるなら、発話の前にその「忘れたこと」があるか、あるいは後で「忘れたこと」が明らかにされるのだ。つまり、中身はわからないが輪郭があるらしいことは認める、というのが「忘れた」「覚えていない」ということばの機能である。
 「忘れた」ということばは、「中身を充填してくれ」というリクエストとして解釈できる。もしくは、「輪郭を明らかにしてくれ」というリクエストとして解釈できる。

 黙秘とは、こうした輪郭から逃れる最後の手段である。自分の居場所に関する手がかりを相手につかませないためには、何を忘れたかさえ忘れていなければならない。


 向井亜紀は気の毒だが、それよりも「この人の遺伝子を残したいと思っていました」というコメントにぎょっとする。そうか、そういう風に「遺伝子」ということばがすらっと言えてしまう世の中になってしまったか。
 むろん、「この人の子供を残したいと思っていました」というコメントだったとしても、そこにはぎょっとするものが含まれている。ただ、「遺伝子」ということばが使われると、そのコメントに含まれる欲望がより確かさを求めていることが感じられて、そしてそうした貪欲さに「科学」の力が援用されていることが感じられて、よりぎょっとするのだ。


「高塔」を出すのに、「口頭」なんてこんな引っかかり方はもういやだと思って居るのにどうしてこうfepに翻弄されなきゃならないんでしょう。こんなことを繰り替ええしている間に、文節変換が信じられなくなるから、いまじゃしょっちゅう親指で変換キーおしちゃうんですよ。文章を打つことはいつから不信になったんですか?揺らぎ亡き単語を選ぶように知らぬ間にふぇpによって鍛えられてるような気がして来るんです。どうしてこうゆらぎのない文章を打たされるんでしょうか。めかにずむによって決まってしまう単語の選び方。いったん打ったものを変換によって脱臼させられるこんな後戻りタイプの文章設計はもうやめたいですね。とにかくあたまでかんがえたことがすぐにぶんしょうになるようにしたい、文章が湧いて湧いて困るときに変換によっていちいち邪魔されたくないって思いませんか.極端な話、もうモニタなんか見たくないんですよ、せっかく打ったものをまた後戻りするようなことはしたくないってのが本音なんですよ.損でまた句読点雅語tが御茶になってえるでしょう?新聞呼んでるときにいちいち意識が飛んでるこの漢字をなんとか言葉に乗せたいんですよ.風呂に入ったときに思いついたことを風呂の中で接見を見つめてたときに思いついたことを、接見も込みで即手定着させたいんですよ。

 ああさっきまで自分がノイローゼなのか使ってるソフトが馬鹿野郎なのかさっぱりわからなかったけど、少なくとも使ってるソフトの一部がとんでもなくおかしくなってたことはCDROMで再インストールしてはんめいした。ここはんとしほどWXGの学習機能が全く馬鹿になってたのでなんとか再インストールなしであれこれいじって直るかと重い耽美耽美にダイアログをあけてはあっちの辞書登録こっちの辞書登録をいじってたのだが、もうしまいにあほらしくなってさっき何もかも最初空にすることに決めたのだ。で、これまで教えこんだすべてを放棄した今の方がさっきまでよりも圧倒的に使いやすくなった。何のこっちゃ分からん話だが、これがテクノロジーの現実なのだ。よし、どうせ誤変換の嵐なのだろうから、もうモニターなんか見ないで書くぞ。頭に流れ出した言葉を止めないで、まるでピアノを弾くように書きたいと前々から思っていたが、対日本語変換ソフトへの思いやりからそこまで踏み切れないでいたのだ。もう何をだれに遠慮することがあるだろうか。牛の涎に書く。宗でなくては流行作家としてやっていけない。いや、自分は流行作家でも何でもないが、猛省新野力を一一一節か久口とに後戻りさせることに使うのはやめ、精神の屈曲するばしょでだけ確実に屈曲しよう。出なくてはかけない。

20001219
 京姉妹十周年記念。というわけで、Oldiesに、10年以上前に文字絵で作ってた4コマ「生きていく京姉妹」を一挙公開。

20001218
 午後、「コミュニケーションの自然誌」野口さんの発表はあいづちについて。TRP(ターン移行適切場)ならぬBRP(あいづち移行適切場)というアイディア。
 その後、忘年会。飲みつづけるうちに終電を逃し、とうに夜半を過ぎてタクシーを飛ばし彦根へ。琵琶湖岸を走ると湖の上には灯一つなく、走っているのが地上なのか宙空なのか分からない。ラジオが付いているでもなく、ただ濡れたアスファルトを切り裂く音だけがする。
 そんなときにどういうわけかユーミンの「悲しいほどお天気」の曲が頭の中に流れる。救いがたいな。何年ぶりにこれらの歌を思い出しただろう。ジャコビニ彗星の歌とか自転車で夕暮れを走る歌とかドーナツ屋のコーヒーの歌とかにのせて、タクシーのメーターは確かな調子で上がり続ける。さっき運ちゃんが「ここからはもう距離だけでメーター上げますから」と言ったから、この変わり続ける数字には、時間の概念がない。

20001217
 久しぶりの更新、「かえるさんレイクサイド」第43話、「ワールド布」。
 引き続き、「銃・病原菌・鉄」。発明は必要の母、という考え方は、リソースに後から機能を見出すという会話分析の見方とぴたっと来る。ダイアモンドの謎のかけ方のわかりやすさに考えさせられる。教師としても反面教師としても。

20001216
 三亀松が「鐘が鳴りました、忍ぶ恋路に」と唄う。恋路に鳴る鐘。でも、鐘が鳴るのは「五字かぶり」。忍ぶ恋路に急きたつのは胸。

鐘が鳴りました
忍ぶ恋路に(ハ)
急きたつ胸を
ええ(ハ)じれったい
夜の雨

 [なーり][まーし]た、と、キンコンカンの拍子をなぞるような投げられるのは、頭から結論が出ているような五字かぶり。そこから、恋路の長さをたどりたどって「雨」と短く切り上げた三亀松、「どうだい」「あーら、いい都々逸ですわね」

 銀座街の「四季の味」という新しくできた韓国料理屋で昼食。つきだしもあれこれあっていい味。
 そのあと「かんぽの宿彦根」に新しく湧いた温泉に入る。窓の外にはでーんと伊吹山、その伊吹山を見ながら伊吹で採れた薬草の湯につかる。ありがたみが増さないこともない。
 女湯の方は琵琶湖と伊吹山の二面に窓が開いていてたいそう眺めがいいらしい。男湯の方は伊吹山の方の一面のみ、しかも窓にワイヤが入っているのがちょっと残念。

 矢野顕子「Home Girl Journey」、ポール・サイモン「You're the one」キリンジ「3」と次々カバーを開けて聞く。ふと机に広げてあるカバーを見ると黒地の木目、縞のテクスチャ、松陰氏のどぎつい写真と、妙な取り合わせ。
 キリンジの「悪玉」のような詩がケレン味なく聞こえるのはすごいな。

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Beach diary