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20000815


ミュンヘン→ザルツブルク



 8/15なので街は静か。聖ぺーター教会の朝のミサに行く。
 オーケストラ付きの豪華な音楽と合唱。振り子のように振られる香の煙が朝陽に透けていく。やはり教会音楽は倍音の抜き差しだということを強く感じる。通奏低音は教会全体が鳴っていること、教会全体が音の空間であることを示す。倍音を重ねて音の階段を作り、男声女声の抜ける一瞬の残響で、浮遊する。
 隣の人が「英語はできる?」と言って、最後の聖水の説明をしてくれた。ドイツ語の唱和もろくにできないし、前の人に合わせて膝を折ってるから、すっかり見破られている。

 アルテ・ピナコテークの宗教画を一通り見る。実はこれまでレンブラントをそれほど好きじゃなかったのだが、こうして各国の絵と並べてみると、やはりあのくらがりを照らす光は魅力。
 ヤン・ブリューゲルをたくさん見ることができたのは嬉しい。ソドムとゴモラの遠い炎の描き方に、レンブラントと同じ時代性を感じる。一方、ルーベンスが出てきて達者な筆をふるまい始めると、もう辟易とする。ブリュッセルにもたくさんあったが、いったい何枚描いたんだろう、御大層な絵の数々。システィナ礼拝堂を見てしまうとなおさらだ。ミケランジェロが「最後の審判」でやってしまったことを何枚もなぞっているという気がしてならない。

 コマンの「パノラマの世紀」によれば、ザルツブルクのカジノの中にカフェがあって、そこにパノラマがあるという。ザルツブルクまではミュンヘンから1時間半だ。時刻表を見て列車に飛び乗る。
 次第に南に山々が広がり始めスカイラインは複雑になる。なるほど音楽祭に似合いそうな場所だ。でもぼくの目的地は無粋なカジノ。ツーリスト案内書で「パノラマ」を知らないかと聞くと、「は、どういう意味ですか?」と問い返される。仕方ないのでカジノの場所を聞くと、それは市街地図の西の端で、バスを乗り継いでさらに歩かなければならないという。歩こうじゃないの、パノラマがあるなら。というわけで、華やかな音楽祭とは逆方向の郊外にバスは向かう。ほとんど終点近くで降りると、そこは団地で、芝生で語らっているのは妙に高齢者ばかりだ。ジョギングに似合いそうなアスファルトの道路をたどっていくと、やがて高速道路の下をくぐる。北には銀色に光る化学工場、南にはアルプス、そして近景には牧草地。どこにもない近未来に来たようで現実感が希薄になってくる。
 進むほどに人の気配はなくなり、ようやくカジノにたどりつく。美しく広い対称形の庭園を前景にした大カジノだ。しかし笑っちゃうほど人気がない。まあ8/15だからな。ベンチで2、3人、老人がくつろいでいる。フロックコートで来たくなるような場所だが、アロハにジーパンで臆せずにフロントで尋ねる。
 なんとカジノは1992年に移転し、いまここにパノラマはないという。で、パノラマのあるカフェ・ヴィンクラーは市の中心に残っているらしい。
 ・・・まあ、ザルツブルクのこんな郊外なんて滅多に来れないしよしとするか。カジノの客に混じって無料シャトルバスで送ってもらう。他の客があちこちで降りるので、川を越え、山側に入り、また川を越え、ちょっとした市内観光になった。旧市街に入ると、すでに19:00を回り、街を行く人々の服装ははっきりと音楽祭派とバックパッカー派に分れる。そしてアロハなぼくはどちらつかずでカフェ・ヴィンクラーに着く。

 カフェにはエレベーターで上がる。ボーイがいて、有料(16シリング)だったのにはちょっと驚いたが、降りると、すぐそばにテラスがあって、なるほど金を取るだけの眺めで、ザルツァッハ川沿いに広がる音楽祭会場や教会のエリア、そしてその向こうにはホーエンザルツブルク要塞、さらにアルプスの山々、なんて言っても、車で通り過ぎただけだから実感はわかないんだが、折りからの夕陽が川に映えて、カップルなら存分に盛り上がりそうな光景が広がっている(実際盛り上がっている)。が、アロハなぼくは反対側のカフェ行きの矢印へ。すると、意外にもカフェに入る前のホールにパノラマはあった。

 ・・・しかし、これはこれまで見た中で最低ではないだろうか。いや、絵はまだいい。あちこちの小道やPlatzに点のような人を配し、南は森の中、いと高き山へと人を誘っている。そこから北に向かって悠々と流れるザルツァッハ川に従って、平野部へと視線は流れる、はずだ。

 しかし、まず、照明が最低だ。上からの採光はホールから洩れ来る光のみで、しかも絵の真下からたくさんのランプで円周上に不連続に光を当てているため、照りが入って見辛いことこの上ない。
 そして最悪なのは観覧台だ。パノラマは無残にも横穴をぶちぬかれ(あるいは損傷したせいだろうか)、そこから中途半端に台がせり出している。見る者はパノラマの中央に立つことができず、ただ、パノラマの端から反対側を拝むだけだ。絵の両脇は歪んで見え、せっかく描かれた360度の絵がまったく生かされていない。

 パノラマは宙づりにされていて、下の階から見上げることもできる。が、真下には全く関係のないオブジェが陣取っている。どこまでも、中央から見ることを許さない仕組みなのだ。
 いったい誰がこのような馬鹿げた処置をしたのか。傍らには「Sattler 1879のパノラマうんぬん」と説明書きが申し訳程度にあるのだが、この設置者は、ただ、古いということをありがたがっているだけで、パノラマとは何か、それはどう見られるべきかについて、全く無知なのだ。
 悲しい色やね、ザルツブルク。アロハにもパノラマに縁のない街。

 再び表のテラスに出ると、M嗜chesberg Panoramaという表示がある。アロハにラストチャンス? とりあえず矢印の方向へ進む。それはパノラマ館ではなく、崖沿いの、ザルツァッハ川沿いに曲がりながら少しずつ下りていくWeg(小道)で、次第に北の平野部が開けていくのを見ながらゆっくり歩く。ちょうど教会にたどりついたところで真っ赤な夕陽を見る。まあ、これでこの一日はよしとするか。初めての街で日が暮れると心もとないので、そこから川までの階段はさくさくと下り、鉄道に向かう。途中で、宝塚ファミリーランドの特大版のような対称形の庭園を抜ける。

 あとでパンフレットを調べたら、M嗜chesbergも庭園も、「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台だったらしい。なんだ、ドレミチャンスだったのか。そうと知ってりゃ、ど・お・な・つ、れ・も・ん、で階段を下りたのに。し、はしあわせよ。
   

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Beach diary