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20000808


Roma -> Luzern




 あなたにはシスティナ礼拝堂はマストね、と言った一年前の彼女の提案に従って、この超有名な場所を朝一で攻める。朝一なのに早くも長蛇の列でめげるが、気長に待つ。30分ほどで入館、試しにあの重そうなオーディオガイドを使ってみるが、判で押したようなバロック音楽がいきなり鳴り響き、イヤになって止める。
 長く続く回廊に惜しげもなくはめ込まれた天井絵を一点透視で見ながら、ちまちま絵葉書なんぞを買っている自分の隠れた欲望の果ての果てを見通すような嫌悪感を感じる。これは、いわばコレクターの化け物が化け物を作ったようなものだ。教皇はん、きらきらでゴージャスであれもこれもなんもかんもほんまによう集めはりましたなあ、お金も力もなんでもありはったんでっしゃろなあ、と関西人になってしまう。ああいやだいやだ。もう博物館はパス。いきなり礼拝堂だ。

 と思ったら、この礼拝堂がもうええっちゅうくらいコレクター魂、パトロン魂のカタマリだ。え、礼拝堂って一部屋やないんですか、と美術オンチなわたくし、びっくりいたしました。なんとかの間、なんとかの間て、なんぼ部屋あんねん。わての持ってるアートな部屋言うたらポスペの部屋くらいですけど。それにしてもラファエロはん、ええヒトでんなあ、バケモンにこんな仕事頼まれて、一生懸命かかはったんやろなあ、あの朝陽とか泣かせるなあ、と、ここでもまだ関西人になってしまう。
 関西人になるともうオーディオガイドも苦にならないので、岸田今日子似の声の教えるまま、四方に向き直ってひとつひとつの絵を律義に見る。一つのトラックが始まるたびに、ワーとかパパーンとかおごそかな曲が流れる。イヤホンに耳を傾けると、静謐なシスティナ空間は、一気に日曜朝のNHKFM的蒲団空間へと変容する。それにしても広すぎる蒲団、派手過ぎる寝室だ。

 そして例のミケランジェロの「最後の審判」。うーん、これはですね。聖マッスルです。いや、順序としては聖マッスルがミケランジェロなのかもしれないが、まあそれはよろしい。壁を壁としてメディアにしようとする精神と、見開きを見開きとしてメディアにする精神は相通じているのだから。
 そして奥行きよりも壁。審判というこの壁は突き破れぬぞよ、という迫力。これは反パノラマな絵です。
 それにしても5分おきに「しーーーーっ」という声とともにざわめきが低くなったかと思うとまた盛り上がる、観光地獄な鑑賞環境はなんとかならんものか。蒲団空間に逃避する。今度は男の声で、ミケランジェロの構築する世界が静々と語られる。なるほどすごいとは思ったが、そのすごさが効いてくるのは10年先だろうと思う。





 

 昼過ぎにパンテオンへ。全肯定。10年待たずとも今すばらしい。いいなあ、この何もない空間。建築と太陽さえあれば絵はいらない、という反パノラマ世界。雨の日もいいだろうな。あそこから雨が落ちてくるんだから。スピーカーがないのもいい。いつかミサを聞きに来たい。


 スパダ宮。いわゆる一点透視をほんまに空間に適用してしまった錯視空間で有名なところ。観覧は時間制。撮影もダメ。しかたないのでスケッチするが、係員が「はよ出てってくれへんかなー」てな感じでちらちらとこちらを見てうろうろするので、どうも落ち着かない。
 それにしても、向こうに人を立たせないと錯視効果がわからない。暇そうな係員にサービスで向こうを通り過ぎてくれないか頼むが、「ダメ」ですと。ちぇ。


 再びサンティナチオ聖堂。ああ、何度見ても何度歩いてもいいねえ、ここは。ちょうどミサの時刻で、西の窓からキリストの磔刑像に陽が当たるところだった。天井画にいと高く響く歌声。
 ナヴォナの広場で人の行き交いを眺めつつワインを飲み酩酊。


 ローマ発21:22の寝台に乗る。クシェネットの3段めの天井は低く、座ることすらできない。おまけにひどく蒸す。壁に頭をもたせかけながらTexture Time

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Beach diary