Texture Time: 17 Jan. 2000
米原 -> 東京
(コーヒーによる中断)
関ヶ原を越えると雲は低く空を覆った
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名古屋の空はその雲でふたをされたようになっていた午後四時
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西だけは雲がきれていて
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そこから、
カーテンを少しめくって懐中電灯をさしいれるように夕方の光が射してくる
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午後四時半
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山間から木々に遮られながらストロボのように座席に影を投げる薄赤い光
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トンネル
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隣の席のテーブルにサカリカップ2000と週刊実話
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窓の外を見つめる人
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週刊実話をよみあきたひと
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この時間に東京にいくことを悔いている自分
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トンネル
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どこにでもあるマクドナルドの看板が見え
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さっき米原で寄った平和堂アルプラザの人気のなさ
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そこにあったマクドナルドのことを思い出す
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二階から三階へ上がる生白くひび割れた壁に、
アジアの公設市場の物悲しさとにぎわしさ、
使わないものが次々と奥におしこめられていく、
そのおしこめられる先の白い壁を、
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思い出す
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川面にくっきりと夕日が映り
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フォルクスワーゲンのネオンが早くも点灯している
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ネオンは、この土地の光量の少なさをいちはやく感じ取り
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そのフォトセンサーによって点灯を判断した
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この土地にはもうすぐ夜がくる
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東向きの団地の廊下には蛍光燈が灯っている。
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隣のおやじは頬杖をついている
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週刊実話は裏向けられて武富士の広告では
おんなたちが両手を広げて首をあおむけている
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顔の見えない女性たち
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そのそばにアコムのティッシュがやぶかれている
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さっき米原で買ったパック入りのうなぎ丼で、
腹がいっぱいになってしまった
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さっき名古屋で買った紅茶伝説で、
腹がいっぱいになってしまった
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いまおなかにたまってる紅茶伝説の甘さと
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サカリカップの
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しびれるような舌触りとを、頭の中で比べてみる
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浜名湖
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海の気配を断ち切り、海を決定する橋
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すっぽん料理、京の太市
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エレピアンのネオンとコロンビアDENONのネオン
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もまた点灯している
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エレピアン、という語感にしのびこんでいる、
コロンビア
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そしてこの土地に投げられる夕日もかげると、
長崎屋の看板はいよいよ明るい
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浜松駅
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人気のない場所、
いらないものがおしこめられる場所からこの東京行きははじまった
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その腹の重さ
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紅茶伝説に含まれたミルクの重さ
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今朝見た、犬にかじられる猫の夢の、
筋立ての荒唐無稽さとは別のまがまがしい不快なカタマリ
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それがいまだにこの世をまがまがしく見せている
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ぼくはきっと破綻するだろう
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通路をはさんでこちら側の、週刊現代を読んでいる男は、
ワンカップ大関を頼んだ
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そしてぼくはホットコーヒーを頼み
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隣のサカリカップのおやじも
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ホットコーヒーを頼んだ
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ぼくもおやじも砂糖とミルクを断った
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この、あいまいに暮れ行く外野光景にふさわしい
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つま恋の看板
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暮れ行く空を見上げるために必要な
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コーヒー
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週刊現代を読むのに必要な、ワンカップ大関
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コーヒーを飲むたびに紙コップにプラスチックのふたをして
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温度を保つ
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この温度で、このまがまがしい地帯を
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まがまがしい時間を
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切り抜けるために
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トンネルで景色が遮られると、サカリのおやじは実話を読みはじめる
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ワンカップの男は大橋巨泉の内遊外歓を読んでいる
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サカリオヤジはエロ小説のページを読みかけて
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しかしトンネルを抜けると、この暮れ残る空の暗さに向き直る
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この暗さに無関心ではいられない
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そこに煌々と灯るパチンコ屋
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ikoiの看板に無関心ではいられない
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店という店にあかりがともりはじめ
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街のありかが明らかになっていくこの時間に無関心ではいられない
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グロンサン
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高架には点々と、街を導くようなあかり、その先に
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聳え繰る小山
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併走する車とそれを抜き去っていくこの列車に
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無関心ではいられない
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トンネルに入り、列車はもう夜行の暗さになじみつつあることがわかる
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もう週刊実話もいらないほどの
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暗さにこの列車は魅入られつつある
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お茶の市川園だの
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日本ペイントだの
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それがネオンの姿になって輝いているだけで
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そこに誰かきれいなねえちゃんがいて
この頭にかぶさった不愉快なかたまりを溶かしてくれるのではないか
という予感がして
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その予感を確かめるようにコーヒーを飲む
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プラスチックのカバーには、
カエルの卵のように粒だちのはっきりした水滴が内側に並び
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コーヒーの温度が凝っていくかのように、
水滴どうしが融合して、はっきりとした大きさにふくれていく
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山はもう、木々を塗りつぶした山影にしか見えない
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そして、こちらの見たいものだけが見えるトンネルの暗闇へと
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暗さはさらになじむ
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おやじが窓枠をたたく
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トンネルに入るときに、風圧で窓がばくんと震えるから
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ワンカップの男は柳沢きみおのマンガを詠みながら
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角張った顔の男と胸の大きな女が身体をそりあげながら
セックスをしているページで手をとめている
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すでに外よりも、明るい車内の反映のほうがはっきりしている窓
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この悪い夢はますますはっきりと内側に裏返りつつある
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先に飲んだミルク紅茶と後から飲んだ苦いコーヒーを
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腹の中でひとつにしつつある
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おやじはカーテンを少し閉めて、そこに頭を差し入れ、
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内側の反映を遮って、なおも外に見入る
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暗い世界に、灯の世界だけが浮き島のようにこの世離れしている
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街
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イエスタデイ・ワンス・モアの着メロが鳴る
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そして外の暗さは、すっかり夜行列車の暗さになり
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おやじはカーテンをしめて週刊実話を読み出す
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