ドクター・バロウズについて
「新聞を読んでいるときの人の目は、一度に一個の考えには 一つの文というアリストテレス風のきっちりした流儀で、ある 記事を追っている。だが、同時に潜在意識下では両側の記事を 読んだり、隣に坐っている人の存在に気づいている。こういう のがカットアップだよ。」
W. Burroughs
飯田隆昭訳「ウィリアム・バロウズ」
「ライターズ・アット・ワーク」/ペヨトル工房


ドクター・バロウズは、いくつかのテキストファイルの文章 を切り貼りして新たな文章を作る、いわゆるカットアップを行 うソフトです。

かつてカットアッパーだったあなた。思い出して下さい。悲 しくも苦しい日々を。

ミシンとこうもり傘を間違って縫合してしまった外科医の驚 きをも陵駕する、垂直に切り立つインスピレーション。身も震 えるような詩人の霊感。そんな至福の体験を夢見て、わたした ちは切りました。張りました。折りました。

そして。畳や板張りの隙間にはさまって二度と戻らないあの 切れ端、あのフレーズ。短冊とじゃばらと化した愛読書。バロ ウズになりそこなったあなたは、一日の徒労を肩にしょいしょ いしながら、指紋にこびりついたフエキ糊を空しくこすりとっ ていたのではなかったでしょうか。

不遇な時代は去りました。ハード・タイム・イズ・オーバー。

ネットワークを流通する大量のテクスト。日夜打ち込まれる 文書。あなたは山と積み上げた何万枚ものレコードを前にして いるようなものです。そして、あなたは愛聴者である以上にD Jでなければなりません。テクストは切り刻み、ずらすために あります。

そして、あなたは鋏も糊も手にする必要はありません。二度 と開かれることなく、ディスクの中で惰眠をむさぼっていたテ クストたち。いますぐこのソフトの手にかけましょう。ドク ター・バロウズは容赦しません。膨大なテクストを思うさま切 断し、編集します。殺生につぐ再生。そのワイルドで繊細な手 つきは、まさに桃太郎侍とブラックジャック。いつしか、ウィ ンドウという名の牢獄と、スクロールという名の重力の魔から 解放されたあなたは、あらゆる場所にテクストの境界を発見す ることでしょう。そして境界は越えるためにあります。

ドクター・バロウズは、単独で完ぺきなカットアップ作品を 作るわけではありません。あなたのたぐいまれなるシビアな選 択眼を得て、はじめて、ミシンのコウモリ傘あえも真っ青の秀 作ができあがるというわけです。さあ、電脳空間を切り裂く 旅に出ましょう。いつの日か、百千錬磨の股旅カットアッパー となったあなたの姿に、老いも若きもシビれまくる日がくるこ とでしょう。こなかったとしても、作者は幸せです。

そう、幸せは股旅、そしてこの世界はカットアップなのです。


(1991 Nov. text by EV for Dr. Burroughs/MS-Dos version)



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