現代のパサージュでは、音環境の変化が耳につく。poussezの文字を押しパサージュに入った途端、そこは違う世界だとわかる。敷石に靴が当たる音が長く反響している。どこかから店を改装するかなづちの音、それに続く暴力的なドリル音、それらも、高い天井にはねかえって、ここが閉じた空間であることを感じさせる。 もしかすると丸屋根のパサージュには、「ささやきの回廊」に似たゆるやかな集音効果があるのかもしれない。駅構内のアナウンスのような反響を突き抜けて、談笑の声が急に高くなることがあるからだ。 パサージュ・ブラディを撮影しているときに、パキスタン料理の前に立っていた男に呼び止められる。「Listen, I'm working here. You can take the photo inside, but don't take outside, or some guys rob your camera. it's ok inside here, but don't outside. Ok?」ありがとう。 夜、父からのメールでNYの事件のことを知る。ネットでNewYork TimesやCNN他の記事を検索し、報道されている限りのことは分かった。小さなムービーを見ると確かに飛行機がビルに激突している。 記事にはビルが倒壊した、というのだが、ムービーを見るかぎり、突っ込まれたところが崩壊していることしか分からない。このあとさらに崩れたということか。世界貿易センターには上ったことがある。あれだけの高さが「collapse」ってどういうことだろう。 ベアトリスの姪っ子が遊びに来ている。まだ4才くらいで、不二家のキャラメルのパッケージになりそうなあどけない顔で、ネットを見ているぼくのところに来てはボンジュールとかオルヴォワールとか言う。斜向かいのサロン・ド・テではトルコ人がいつになくたくさん集まっていてTVを食い入るように見ている。「ああ、あれはね、サッカーよ、連中はいつもああなの」とベアトリス。でも、今日はサッカー中継の合間にもNYのことをやっていると思うけどな。姪っ子は奥の部屋でビデオでサウンド・オブ・ミュージックを見ているらしく「good bye, au revoir」という歌声が聞こえてくる。 |