一枚の絵葉書から

(その13)

大正八年八月八日夜八時

細馬宏通



 いかにも夏らしい絵がついていて買い求めたもの。同じ差出人の葉書をいくつかまとめて買ったのだが、どれにも簡単な絵が添えてあってなかなかうまい。こういうものをさらさらと描けるのは絵心のある人だろう。
 男性から女性にあてた内容。文章のほうは、なかなか会えぬ思いが季節の無情に重なっているらしく、さうださうだと、なんということもないも未来予想が連なっている。

  折角きかけていた、暴風雨がだうやら止めになったらしい。そしてそのかはりにグンと暑さが盛返してくるのださうだ。
折角啼きかけた、くさむらの虫共が、いづれ又出直して・・・と帰ってゆくことだろう。
そして九月にもなって、虫共が出直してきてチロ/\啼きだした頃に、今度ハ注視した暴風雨が出直してやってくるに違ひない。するとOKOMEが一エンになるさうた。中々面白いことだ。

 入道雲から米の収穫まで、えらく気のはやいことだと思って表書きを見ると、さらにこんなことが書いてある。

  恰度今
 大正八年八月八日の夜八時だ。
 ふとおかしく思ったので むだ書き

 日付の魔力。日付のある文章は、日付の示す季節を思い起こさせる。その日付が、読み手のいまの日付に重なるときはなおさらだ。書かれた日付と読まれつつある日付、二つの異なる時間は日付によって結びつけられる。筆で軽く弧を重ねて描かれた入道雲がやけに近しい景色として迫ってくる。それでいて、読み手はけして大正八年八月八日夜八時に間に合わない。消印には8.8.9の数字。(クレイジーケンバンドの「777」を聞きながら)




20030810




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