下腹の事情

Oaxaca diary


 オアハカについて二日目から、どうも腹のぐあいがおかしい。晩にはたっぷり寝汗をかいたから、熱があったのだろう。そのあと、どうやら熱は引いたのだが、下腹がごろごろ言い続けている。熱帯の陽射しにやられたのかもしれないし、慣れない高度のせいかもしれない(1778mだから、日本なら山の上の生活だ)。もちろん、食生活の変化は大きな原因だろう。何しろ、環境がすっかり変わってしまったので、思い当たることがありすぎてよくわからない。

 生水だけは避けているので、これは原因ではない。こちらに来る前にオアハカ経験のある教授から脅されたのだが、生水はデング熱だのコレラだのありとあらゆる病気のもとになるらしく、ジュースに入ってくる氷もどんな水で作られているかわからないので避けるにこしたことはないらしい。それは当地の人も心得ており、ホテルには水のボトルがあらかじめ備えてあり、タンクも用意されている。
 となると、何が問題なのか。ひとつはっきりしているのは、トルティーヤだ。とにかく屁がよく出る。屁をかぐと、あきらかにトルティーヤの匂いがする。正確には、あの、豚の細切れから出る脂であぶったトルティーヤの匂いである。こちらに来てからほとんど三食トルティーヤを食べているのだが、いままでこれほどトウモロコシ食に依存したことはなかった。腸内バクテリア革命が起こっても不思議ではない。あるいは豚が革命に脂を注いでいるのかもしれない。

 困るのは、屁と便の区別がつきにくくなってきたことだ。いつもは、括約筋の手応えと下腹にこみあげてくるものとのかねあいから、これは屁だろう、これは便だろうとあたりをつけて、その場で放屁したりトイレにかけこんだりするわけだが、下腹が始終ごろごろしているので、勘が狂ってくる。トイレで息んでみると空気が細切れに漏れるばかりだったり、屁かもしれないと思いながら念のため便器にしゃがんでみると、するするとなめらかな便が出てきたりする。いちおう便はそれなりのかたまりになっているので、下痢というわけでもない。となると、ごろごろ言いながらも腸は活発に機能しているということになる。あるいは、朝昼のスープに入った豚のゼラチン質が、つなぎの役目を果たしているのかもしれない。

 散歩をすると屁が頻繁に出る。腹が上下に揺すられて、腸の中で気体と固体が整理整頓されるのかもしれない。いつもは早足で歩くのだが、なにしろ下腹の事情が事情なので、ゆらゆらと上体を刺激せぬように歩く。おかげでこちらの人の歩くペースに近くなった。
 通りを歩いている最中に、ときどき便意とも屁意ともつかぬものが下腹にちくちくとせりあがってくる。幾度か締め、幾度か緩め、慎重に空気の輪郭を探り当てて、もうこれはそうだろうと思えるときは、歩きながらこっそりすかしている。幸い、いまのところ屁と便を間違えたことはない。どうせあたりはトルティーヤ臭でもうもうとしているので、音さえ出なければ人にさとられる心配はない。


(Dec. 24 2004)


 

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