左手

Oaxaca diary


 11月20日市場 (Mercado de 20 de nobembre)。スープ屋台に集まる人々の左手の使い方は印象的だ。トルティーヤを巻いてから、軽いグーの形で握る。それから人差し指と中指と親指を緩める。
 手からはみでたトルティーヤをスープにつけて口に運ぶ。このとき、緩めた三本の指で巻物の先をつまんで、スープの具をトルティーヤにからめとる。真似てみると、なるほどこのやり方だと味が深まるのがわかる。巻いたトルティーヤの幾層もの緩急を、前歯が通過していく。噛みとったトルティーヤを口の奥に噛みしめていくと粉っぽさが口の中に広がり、スープと合わさってゆっくりと溶けていく。ライムの酸味の中で豚の皮の柔らかい感触が口の中で浮き立ち、それをなだめるように香草の香りが鼻にたちのぼってくる。スープだけを飲むときは右手のスプーンですくう。
 カウンタは胸の高さまであり、自然と両肘をついて食事をする格好になる。肘から上だけがゆるやかに皿に近づいては離れる。スプーン、トルティーヤ、スプーン、トルティーヤ。この繰り返しを黙々と繰り返す。こちらに来た当初はラテン系のにぎやかな食事風景が見られるのだろうかと思っていたのだが、予想に反して会話はあまりなく、いたって静かだ。静かなぶん、所作が浮き立つ。あるいは、市場の客の多くがインディオの人たちだからだろうか。

 北の町へ向かうべく、二等バスに乗る。料金箱はない。車掌が乗っているときは彼や彼女が料金を取り立て、いないときには、運転手が自ら適当な停留所で集めて回る。右手で金を受け取り、左手からおつりを出す。左手の親指以外の指の間に、200, 100, 50, 20と各紙幣を折り畳んではさむ。掌にはコインを握りしめる。左手がいわばひとつのレジ箱になっているのだ。受け取られた紙幣は最初に縦に二つ折り、それから横に二つ折り、そして指の間にするりと入る。掌を広げておつりのコインを探す。無駄のない、あざやかな手つきだ。
 集めた紙幣は、しばらくするとウエストバッグにしまわれるが、客が頻繁に出入りするときは、ずっと紙幣とコインは握られたままで、その同じ左手で鉄柱にもつかまっていたりする。薬指と小指がコインを握り、残る三本の指が鉄柱をつかまえている。その掌の形が、トルティーヤを握った形に似ているなと思う。

(Dec. 23 2004)


 

オアハカ記 | to the Diary contents