ロトスコープ Rotoscope


キャラクターの動きをアニメーションに起こすためにはどうしたらいいか。もちろん、ダヴィンチのような解剖学の素養と、長い長い時間があれば、それは可能だ。じっさいウィンザー・マッケイはストップウォッチ片手に人体の動きを細かく計測し、長い歳月をかけて何枚ものアニメーション画を描き、1914年に「恐竜ガーティー」を完成させた。

でも、これじゃとても商売にならない。もっと手軽にいけないものか。
というわけで、マックス・フライシャーが1915年に考案したのが「ロトスコープ」。撮影済みのフィルムを紙に投射してトレースするための道具だ。まず撮影した映像が映写器(1)によって紙(2)に投射される。アニメーターは手元のレバー(3)を引いてコマを送る。これを使うと、じっさいの人物の動きを撮影しておけば、その動きをアニメーション画としてトレースできる。アニメーターは必要に応じて、トレースの一部をデフォルメすればいい。今で言うモーション・キャプチャーだ。

「実際の動きをトレースしてみると、その形はひじょうに独特で、これまで想像したり作ったりできなかったものだった。」デイブ・フライシャーのことばは、どこか、マイブリッジの撮影した連続写真への驚きを思わせる。

フライシャー兄弟はこのロトスコープの研究を続け、一年後の1916年にはフライシャー初のアニメーションが誕生した。
The Fleischer Story (2nd. ed.) によると、あのココ・ザ・クラウンは、このロトスコープのたまものらしい。デイブ・フライシャーはコニーアイランドに住んでいた頃、遊園地のピエロに感激して、自分もピエロになりたいと思った。彼は仕立屋の父親に頼んで黒い布をもらいピエロの服を作った。服には白い大きなボタンが3つついていた。結局ピエロにはなれなかったものの、後にデイブはこれを着て、ロトスコープの前に立ち、それがトレースされてココ・ザ・クラウンとなった。撮影時には、輪郭を描きやすくするために、背景に大きな白いシーツが張られた(いまのブルーバックみたいなもんだ)。
その後も、ロトスコープは、フライシャーの基本的なテクニックのひとつになった。さまざまなキャラクターによるキャブ・キャロウェイ風の独特の足運びは、明らかにロトスコープで描かれたものだ。ただし、単に動きをトレースしただけではない。たとえば「ベティの白雪姫(Snow White)」では、キャブスの「セント・ジェームス病院」を、最初はココが、後半はやたら足の長いオバケが歌う。で、前半はロトスコープに忠実だが、後半は、足の位置や手の位置こそキャブスを思わせるものの、細かい関節の位置はぐにゃぐにゃになっていて、それがじつにいい湯加減になっている。
一般に、フライシャーのアニメーションは、人物の動きがもとになっていながら、どこか解剖学を無視して、単に線の論理で動いたり変形するようなところがある。そのいわくいいがたいデフォルメされた動きが、ぼくは好きだ。
ロトスコープは、音と映像をシンクロさせる装置としても威力を発揮する。たとえば、演奏を録音しながら人物や物を撮影すれば、音と映像はシンクロする。そのあとでロトスコープを使えば、音とアニメーションも当然シンクロするわけだ。ちなみに、フライシャーのソング・カートゥーンを見ていると、バウンシングボールのアニメーションが出てくるんだけど、じつに歌とよくシンクロしている。これなどは、バウンシングボールを実写で撮った後、それをロトスコープでトレースしてデフォルメしたんじゃないかという気がする(推測)。
ロトスコープはフライシャーだけでなく、他会社のアニメーションでも使われた。ディズニーの「白雪姫」でもアニメーションを作る過程でロトスコープが使われている。

ロトスコープでトレースされるのは人物の動きだけではない。Tex Averyは、「へんてこなオペラ (Magical Maestro)」の中で、ロトスコープを用いているが、トレースされたのは人物の動きではなく、なんとあの○○(見てない人のために伏せ字)。その動きがあまりにリアルだったため、何もしらない当時の映写技師たちはカメラを何度もチェックしたという。ロトスコープ史上、こんなアホらしい動きをトレースしたのは、たぶん Tex Averyだけだろう。
もうひとつ。ロトスコープで描かれた人物の動きは生々しくなるが、それは良し悪しというものだ。ここで思い出してしまうのが、Harman-Isingのハッピー・ハーモニーの「美しく青きドナウ」。シリー・シンフォニー路線のメルヘン。しかし、そこに登場する妖精の、学芸会のような踊りはほとんどバッド・トリップのようで、それゆえになぜか強烈に記憶に残ってしまう。ああ、その両手の動きをなんとかしてくれ。


(98.04.04)




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