アクメの誘惑




テレコン・ワールドの誘惑


テレコンワールド」にハマってずいぶん夜更かしを続けたことがある。1995年から96年のことだ。午前三時のほどよく溶けた脳ミソのシワに、ぐいぐい食い込む通販番組。ミラクル・ブレード、リーガル・クックウェア、クイックブライト、ミニ・マックス。めくるめく効能の数々を見るうちに、完熟トマトを油を使わずじゅうたんに落としても一ヶ月で腹筋がついてしまうような気がしてくる。むろん気のせいだ。気のせいか現実か区別できなくなるのが午前三時の東京ベイだ。中原理恵もそう歌っていた。

人の話を聞かずに次々と話を変えていくパーソナリティたち。寅さん顔負けのくどい日本語吹き替え。チープな手描きのチェックの緞帳が下がりようやく終了かと思いきや再び始まる、二段重ねCMのような演出。こうしたくだらない細部すら味わい深く思えてくる頃には、冒頭に登場する司会の長野智子の服装を見ただけで、ああ、今日もまたトニー・リトルのターゲット・トレーニング・ビデオかよ、と商品が読めてしまうようになっている。ひとつ試しに買ってもいいかも、と思い始めている。インフォマーシャル中毒一丁上がりだ。ここから通販中毒まではあと一歩だ。ちなみにぼくはイージー・クランチを買った。まだ軽症だ。いまのところは。

それにしても、この世に「アブ」の付く腹筋トレーナーはいくつあるのか。アメリカにはそんな「アブ」なんとかを始め、TVジャンキーたちの購買欲をああにもこうにもそそるインフォマーシャルを一日中やってるチャンネルがある。ご愁傷様だ。もっとも日本のローカル局のテレビ・ショッピングの量だって相当なもんだが。ちなみに「テレコン・ワールド」は、長野智子から、山川牧とパトちゃんことパトリック・ハーランにの司会が代わって、いまも放映が続いている。

コヨーテの通販生活


ロードランナー」のコヨーテもまた、立派な通販中毒者だ。商品を取り寄せ、くだらない大仕掛けの罠を作っているとき、コヨーテの表情はいちばん輝いている。たとえ何度断崖からまっさかさまに落ちようとも、彼の通販生活は止まらない。ロードランナーを捕まえること以上に、コヨーテは消費が好きなのではないか。

コヨーテの通販生活を支えているのが、「ACME」という会社。妙な名前だ。なんで「アクメ」なのか。アクメと聞いて11PMを思い浮かべるぼくは何か勘違いしているのか。アクメ=絶頂。絶頂からの消費、高みからの墜落。「ロードランナー」のプロットでフロイト話のひとつも書けそうだ。そう思って、チャック・ジョーンズの自伝「Chuck Amuck」(ISBN 0-380-71214-8) を開いてみたら、まるで違うことが書いてあった。


「アクメ社」の元になったのはジョーンズ家の子供達のお話ごっこなんだ。姉のドロシーはアクメという名前が大好きだったんだけど、ドロシーは、これから生き残りに出ようっていう会社が「Acme」という名前をつけてることが多いのに気づいたんだ。イエローページの業種別だと、Aで始まるAcmeが最初の方に載るからね。いまでは、AAAAA洗剤染料会社とかAAABBBCCCDDDドラッグなんて、ポーキーのセリフみたいな名前が多いけど、昔はのどかだったから、こんなズルはなかった。アクメ、はれっきとした単語だし、シンプルだよね。


「アクメ社」の名はロードランナー以後、チープな通販会社の象徴として、さまざまな形でに登場してきた。数年前、HyperCardのデモンストレーションスタックを見ていたら、アクメ社製品に関するグラフがさりげなく描かれていた。コヨーテはキーボードを叩くのか。「ロジャー・ラビット」に登場する商品も当然ながらアクメ社製。最近では、ACME v. COYOTE (I. Frazier, 1996, ISBN 0-374-52491-2) というエッセイがアメリカで売れた。アクメ社製品で被害を受けたコヨーテの代理人が、アリゾナ法廷で訴状を読み上げるという内容。訴状はそのまま、「ロードランナー」でのコヨーテの悲劇を微に入り細に渡って説明する趣向になっていた。

消費と青写真


じつは「アクメ社」がワーナー・ブラザーズ映画にはじめて登場したのは、ロード・ランナーでも、チャック・ジョーンズ作品でもなかった。Eric O. Costelloのthe Warner Bros. Cartoon Companion! によれば、ボブ・クランペットの「Porky's Poppa」がその最初らしい。この作品の中でポーキーは、アクメ社から電気製の牛を買っている(もちろんアクメ社製だから、あとでえらいことになる)。

通販会社の名前は、じつはワーナー・ブラザーズ映画以前からあった。今世紀初頭のシアーズ&ローバックのカタログには、すでに「アクメ社」の名前が見られる。「アクメ」の名は、1世紀近くものあいだ連綿と続いている通販システムの象徴でもあるのだ。ドロシーが「アクメ」という名前を気に入っていたのも、その響きにひそむ消費の甘い匂いを子供心に嗅ぎ分けたからではないだろうか。

コヨーテはロードランナーを捕まえるために、ワナの青写真を描くことがある。比喩ではなく、ほんとうに青写真を描く。成功の青写真はどれもみじめな失敗に終わる。それでもコヨーテは青写真を描く。青写真の青。陽で色あせる前の色がもつ、無邪気な美しさ。そこから消費の甘い匂いがする。手にとることができないものに、お金を放りたくなる。自分を放りたくなる。放った自分を認めたくなる。アクメの甘い誘惑。これは50年代の昔話ではない。

(98.06.06)






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