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20020829







 ポーランドの今の相場は、100円=3.3ズォチ。ホテル代はダブルで一泊260ズォチ。ワルシャワではこれで中級の安い方。

 ポーランド語ではドイツ語と同じく、Wは(語尾以外では)下唇をかんでヴと発音する。Lにスラッシュの入ったような記号はウと発音する。だからポーランド式には、ワルシャワではなくてヴァルシャウ。ワイダはヴァイダ。ワレサはヴァウェンサ。

 朝食はあちらのレストランですと言われたのだが、入口に電気がついていないので違う場所を探してしまう。あちこちうろうろしてから暗い地下への入口がそれだと分かる。朝食はカフェテリア方式+ハム、チーズ、卵、飲み物と充実。
 いざ食べ始めようとすると、いきなり「ウィー・アー・ザ・ワールド」が流れる。ぐえ。聞くつもりがなくとも、いやというほど聞こえてくる。あらためて聞くと、ブッシュが9・11以降にやっていることはほとんど歌詞の内容そのままではある。わたしたちは世界。わたしたちは神の子。わたしたちこそよりよい明日を作る。だからさあ、givingを始めましょう。そのgivingにはbombingも入っている。
 そもそもgivingとは非対称で非平等な行為だ。それを「わたしたち」などと平等の衣で歌うからタチが悪い。さらにそのタチの悪い行為が、あらかじめ神の子の行為であることを保証されているから、なおタチが悪い。いや、マイケル・ジャクソンという、タチの善し悪しを越えた奇人の話ではなくて、ブッシュの話をしているのだ。
 などと卵を食いながら考えていると、曲はライオネル・リッチーの「ユー・アー・エヴリシング」に変わる。どうやら80年代ベストヒットインUSAを流すラジオらしい。朝からとんでもない選曲だ。店のスピーカーがまた、妙に低音の抜けがよくて、なんとも居心地が悪い。

 散歩がてらホテルの外に出ると、ちょうど部屋の前がコペルニクス像だったことに気づく(コペルニクスはポーランドのトルン出身者だ)。そしてさっき食べたレストランの入口は表にもあった。その名はあるまいことか「レストラン・コペウニク」。表に出されたメニューには「チーズの惑星」などというのも見える。大胆なり。
 わたしたち=アメリカのまわりを世界が回っているのではない。世界の回りをわたしたち=アメリカが回っているのである。ここでできるコペルニクス的転回(略してコペ転(c)博多っ子純情)はこんなもんか。スタートが「ウィー・アー・ザ・ワールド」だけに陳腐過ぎ。




 いや、こんなことでポーランドをなめてはいかん。
 すぐそばの聖十字架教会に入ってみる。ちょうど側面の祭壇でミサをやっているところで、いつもの調子なら、目立たないように離れた通路からさっと入って中を拝見するところだが、どうも入ってくる人入ってくる人の膝の折り方がただならない。入口入ってすぐのところには、横木に膝を預け、頭を机につっ伏すようにして祈っている。祈りのために組み合わせた両手とそれを支える机に上の肘だけが体をかろうじて支えている。神の前に屈するとはこういうことか。
 これまで行ったどんなカソリック教会と比べても、人々の信仰の気合いがまるで違う。
 その迫力に気圧されて、結局入口付近から前に進めなかった。

 歩いて王宮広場を抜け、旧市街に出る。ジグムント3世をはじめポーランドの銅像はやたらでかく、高みで手を挙げたり指さしたりしているので、あちこちで「おまえはそっちじゃ!」と言われているような気がする。
 まだ9時で、人影もまばら。広場からあちこち歩く。ヴィスワ川方向に向けて路地は下り空は三角に開ける。バルバカン(城壁)に沿って行くとどうやら狭い旧市街は一通り歩いたことになるらしい。今度は王宮広場から南へ、なにやら殺風景でばかでかい町並みを抜けサスキ公園へ。ここで時差ぼけが一気に吹き出し、池のほとりでぼんやりする。頭からぷつぷつ泡が立つ。

 時差ぼけの頭を乗せたまま、宿に戻り、そばの店でパンと果物を買って、大学裏の公園で食べる。

 中央駅へ。明後日のクラクフ行きのチケットを買う。ワルシャワからクラクフ行きの列車は外国人目当ての物盗りが多いとガイドブックやら知人を介してさんざ言われていたので、ちょっと下見といったところ。なるほど地下道を抜けホームあたりはやや剣呑な雰囲気ではある。せいぜい荷物に気をつけることにしよう。




 インターネットの検索でひっかかってきたカイザーパノラマ (fotoplastikon)を探す。結局、駅前のJerozolimskie通りで、文化科学宮殿の向かいあたりにあった。表通りに小さい看板とステレオ覗き口が掲げてあるので見逃さないこと。中庭を抜けると小さな入口があって、そこがfotoplastikon。このパノラマは19世紀後半にドイツで発明されたもので、ドイツでは「カイザーパノラマ(皇帝パノラマ館)」と呼ばれ、ベンヤミンのエッセイにもしばしば登場する。カイザーという呼称は、ワルシャワの地にはそぐわないからだろうか、ここではfotoplastikonと呼ばれている。



 fotoplastikonには25の覗き穴があるものが多いが、ここのは24の覗き穴。内部には48の写真がセットしてある。60年代の写真もあるし、単眼で撮影されたものを二枚にした(つまりステレオではない)写真も含まれているが、創業当時のものとおぼしきガラスにひびの入ったワルシャワの写真にはぐっときた。
 ここを運営しているのはトマシュ・フーディ氏にあれこれ話を聞く。彼のおじいさんのヨーゼフ氏が、1905年ごろに同じこの場所で開業した。戦争中はこの場はレジスタンスの会合の場所となり、集まった人々はドイツ軍から隠れるためにこのパノラマのドラムの中に居たこともあった。そのあと、ドイツ撤退後も、戦前のワルシャワの写真を展示し続けたという。

 特別にfotoplastikonの中を見せてもらった。以前から、どうやってドラムを回転させているのか不思議だったのだが、じっさいには、ひじょうにシンプルなアクションで成り立っていて、その動きは自動人形のように愛らしかった。そしてもちろん、シンプルな方が壊れにくい。



 動力部分では、大きな円形の車輪が回っている。車輪には、先の丸いアームが連動している。このアームの先が動きの要。
 各写真の前には金属棒が一本ずつ飛び出していて、先にフックのついたレバーがここにかかっている。車輪とともにアームが回り、レバーの一方を押し上げると、もう一方が下がる。この結果、フックは棒からはずれる。留め金が元に戻らぬうちにアームは金属棒を押し、ドラムを写真一個分だけ回したところでアームは棒からはずれる。いっぽう、レバーは元に戻り、次の棒にフックがはまる。
 この一連の動きがなんとも生き物じみていて、何度見ても見飽きない。回転体の魅力。あたかも波打つレコードに上下するプレーヤーのアームを見ているような気分。

 スライドグラスと説明書きは一体型のホルダーになっていて、取り替えが簡単にできるようになっている。なんだかいろんなスライドを入れたくなってくる。トマシュ氏は自分ではまだステレオ写真を撮る趣味はないらしいが、少なくとも興味は持っているようだ。彼が自分で大判のステレオ写真を撮って、今のワルシャワのステレオ写真をこのマシンにインストールし始めたら、きっとおもしろい見世物になるんじゃないかと思う。




 さて、向かいにある文化科学宮でも登るか。このいかにも尊大な建物は1952-55年の「スターリンからの贈り物」だという(その前は大戦で破壊された住居だった)。とにかくやたら大きい石を四角く切って積み上げ、その積み上げる力を集団の力として表現しようとする。そのとりつくしまのなさは、ワイマールのGauforumとそっくりだ。
 「文化科学宮」の名の通り、科学技術博物館があるだけでなく、南側は巨大なシネマコンプレックスとなっていて、その他コンサートホールやシアターもある。よくもわるくも文化の中心。

 正面から入って上へ行くチケットを買う。すぐにエレベーターかと思ったら、いきなり2ヶ月前に終わったFIFAワールドカップの展示。各国選手の写真が飾られている。それを抜けるとワールドカップの衣装を着たマネキンが中途半端に置かれたエレベーターホールがある。このマネキンがじゃましているせいで、6機のうちの2機にしかアクセスできない。

 建てられた当初はソ連製のエレベーターだったらしいが(見たかったなあ)、90年代に入ってヨーロッパ製のエレベーターに変えられた。エレベーターに入ると、中から見て右には椅子に座ったオペレーターの初老の女性。操作パネルにはコンセントがついていて、そこからコードが伸びて上の小さな扇風機につながっている。モダンなような古いような。

 塔の上に上がると、そこはまたしてもワールドカップ状態。ポーランド選手のポートレートがあちこちに飾ってある。この外側が回廊になっていて、そこから街が見える。傑作なことに、四角い回廊の曲がり角にいちいちサッカーゴールが置いてある。よし、シュートを放つごとく東側から北側へ、あれが旧市街で新市街か。蹴り上げられたボールのごとく北側から西側へ、西側から南側へ、やあ、あれがさっきいたfotoplastikonの中庭だよ、ワルシャワ遠方はいずこもなにやら殺風景なり。





 バスを適当に降り、新市街をぶらぶら。「Piwo&internet」(ビールとインターネット)と、まるで私たちのためにあるような看板の店に入り、ビールを飲みつつメールをチェック。あ、日本語も表示されるではないか。

 再び旧市街。人だらけ。広場のそばのレストランで夕食。王宮広場の南東角の展望台にのぼって夕陽を見る。こっちの方が文化科学宮より断然眺めがいい。

 ホテルに帰って「ロリータ」。
 TVではレアル・マドリードとフェイエルノートの試合。小野の髪の毛が伸びてなんだか地中海人みたいになっていて驚いた。一本すごいシュートを放ったが残念ながらゴールならず。マドリードの方は、ラウルにジダンにフィーゴにロベカルと、ほとんどワールドカップ選抜メンバー。これで勝たなくてどうするという布陣で3-1。

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